小林秀雄のあはれといふこと

しみじみとした趣に満ちた言葉の国日本。
そんな国のいとおもしろき言の葉を一つ一つ採取し、
深く味わい尽くしていく。
それがこの項の主な趣向である。


其の七拾四・・・・冬支度

「おはようございます。うわっ!!」

小林先生を起こすために寝室のふすまを開けた
弟子の北小岩くんが、思わず声をあげた。

「1、2、3、4・・・。
 先生は布団を7枚もかけて重くないのですか!!」

「ああ、北小岩か。もちろん重いわな。
 だがな、俺はとてつもない寒がりやから、
 冬はこれくらいかけんと安心できんのや。
 たまに布団の重みで首がしまって起きることもある」

「安眠を犠牲にしてまで、
 冬の備えを優先しているのですね」

「そやな。だが俺などまだまだ甘い。
 動物や昆虫の冬支度はもっとドラマチックやで。
 久しぶりに山に観察に行ってみよか」

二人は鈍行電車に揺られ、長野のとある山を訪れた。
小林先生の古くからの友人、
冬金玉男(ふゆきんたまお)氏が案内してくれた。

北小岩 「冬支度といえば
 餌をたくさん食べて皮下脂肪をつけたり、
 綿毛を密にしたり、
 落ち葉の下や木の中で過ごしたり
 ということが思い浮かびますが、
 それだけではないのですか?」
冬金 「生き物によって様々ですね。
 例えばあそこを見てください」
北小岩 「見たことないほどの巨大なミノ虫ですね」
小林 「そうかな。
 もっと近くに寄って
 目の玉ひんむいてよく調べてみい」
北小岩 「あっ、これはミノ虫ではありません!
 中におちんちんが入っています!!!」
冬金 「そうなんですよ。
 彼女がいなかったりモテなかったりして、
 冬に使用される予定のないおちんちんは、
 来春に望みをつなぐため
 小枝や枯葉などでミノをつくり、
 中で英気を養いながら冬を越します」
北小岩 「そういえば5年前の冬、
 私のおちんちんが
 行方不明になったことがありました。
 春になったら股間に戻ってきましたが、
 ミノをまとって冬を過ごしていたのですね。
 そう考えると性体験の貧しかった
 自分をなじりたくなると同時に、
 おちんちんが
 これまで以上に愛しく思われてきます」
冬金 「北小岩さん、
 ちょっとここを掘ってみてください」
北小岩 「むっ、硫黄の匂いがします」
小林 「それは硫黄ではなく、屁や。
 この地方では屁は
 土の中で冬ごもりするんや。
 掘ると突然硫黄の匂いが発せられるから、
 『温泉が出た!』
 と大騒ぎになることがあるが、
 それは冬眠中の屁を
 起こしてしまっただけのことなんやな」
北小岩 「おならも冬眠するのですか!
 まったく自然界は奥が深いです。
 あれっ、ここの枯れ草の陰に
 おしりが隠れています。
 でも、割れ目がくっついているようですが」
冬金 「冬の間、おしりの割れ目は固く閉じられます。
 小動物が避寒のために
 穴に入ってくるのを防ぐためです。
 動物が穴から出たり入ったりすることが
 クセになったら、
 春からのライフスタイルが変わってしまいます。
 いわば自衛のためですね」
小林 「よっこらしょと。こっ、これは!」
倒木の下を観察していた小林先生が
一点を凝視している。
そこにはうんこが3本横たわり湯気をたてていた。
冬金 「うんこは乾燥しやすく、
 寒さにとても弱いのです。
 このうんこたちは家族ですね。
 おとうさん、こども、おかあさんが
 川の字になって温めあい、
 乾燥を防いでいます。
 おとうさんとおかあさんは外側で、
 自分が乾燥して死んでしまっても、
 真ん中のこどもだけは
 生き延びられるように必死なんですね」
小林 「・・・・」


自分の命を張ってまでこどもを守る親うんこたち。
その途方もない家族愛に心を動かされた小林先生の瞳から
涙がこぼれた。
隣りで北小岩くんも嗚咽している。

冬の自然は限りなく厳しい。
生命を絶たれる生き物も多い。
来春、再び生を謳歌するために、
生き物たちの冬支度は妥協を許されない。
そこでは人知を超えた
数々の大河ドラマが繰り広げられているのです。

2002-11-24-SUN

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