小林秀雄のあはれといふこと

しみじみとした趣に満ちた言葉の国日本。
そんな国のいとおもしろき言の葉を一つ一つ採取し、
深く味わい尽くしていく。
それがこの項の主な趣向である。


其の八拾四・・・月食

「なんやそれは、ケツの穴か?」
弟子の北小岩くんが版木と格闘しているのを見て、
小林先生が素っ頓狂な声をあげた。

「いえいえ、これは菊のつぼみでございます」

北小岩くんは駅前のカルチャーセンターで
版画を習っている。
次の授業に提出するための宿題を制作しているのだ。

小林 「まだまだお前の版画には、
 人を別天地へ誘う力はないな。
 まあ、俺の友だちに
 その道の大家がおるから紹介してやるわ」
先生は北小岩くんを伴い、
小学校で同窓だった版画の達人を訪れた。
彼の家は木造で、
外壁や塀が異様な紋様に彫り込まれている。
引き戸を開けると、達人が和紙を手にして立っていた。
小林 「こちらが自称棟方志功の生まれ変わりの
 棟方恥垢(むなかたちこう)氏や」
棟方 「ちこう寄れ。なんちゃって」
北小岩 「はじめまして。
 わたくし、北小岩と申します。
 ところで恥垢さんが
 お持ちになっているものは何ですか?
 墨で描かれているようですが」
棟方 「これはとれたてほやほやのマン拓ですね。
 まだ湯気が立ってますよ。
 ほら、あそこに座っている女性のものです」
和服を着た女性がこちらを見てうつむいた。
むせかえるような色香に、
北小岩くんは前をふくらませかけたが、
すんでのところで我にかえった。
北小岩 「でっ、でも、なぜ恥垢さんがマン拓を?」
小林 「自分のチン拓と美女のマン拓をベースに
 作品を生み出していく。
 つまり恥垢氏は、
 チン拓とマン拓を専門に彫り続けている
 日本有数の版画(板画)家なんやな」
北小岩 「なんと!」
棟方 「家の壁や塀にも、
 チン拓とマン拓の紋様が彫ってあります。
 大きさは現物の20倍です。
 この先、関東大震災が起こって
 家屋や塀が倒れた時に、
 それで地面にチンとマンの版画が
 できるようにしているのです。
 廃墟と化した東京が
 力を振り絞って復興に向かう時、
 壁や塀をどかしたとたんに
 チンとマンが現れれば、
 人々にほのかな希望を与えることができると
 思いまして・・・」
恥垢氏の瞳が熱いもので潤んだ。
その人類愛にあふれたスケールの
大きなプランを耳にして、北小岩くんは胸を打たれた。
小林 「だがな北小岩、
 この男のスケールはそんなもんやないで。
 恥垢氏の夢は宇宙へ行き
 とてつもなくでっかいものを彫ることや」
北小岩 「と申しますと?」
小林 「月を二つに割って、
 ひとつをチンチンの形に、
 もうひとつをマンマンの形に彫るんやな。
 地球から眺めるチン月とマン月。
 それだけでも十分幻想的やが、
 地球の影にチンとマンが入り込んで
 見えなくなるチン食、マン食。
 そして、地球とチン、マン、
 太陽が一直線に並び
 太陽を隠すチン日食、マン日食は、
 この世のものとは思えない神秘の極みや。
 特にマンが太陽を欠けさせていき、
 すっぽり覆い隠す皆既マン日食ほど
 オマンチックなもんはないで」
北小岩 「・・・」
小林 「チン月を彫っていく途中で飛び散った岩。
 つまり月のチンカスは隕石となって
 地球に降り注ぐ。
 もちろん、流れ星となるものも多い。
 心の中で願い事をすれば、
 ちんちんが擦り切れるほどの
 いい目にあうかもしれん。
 俺は今からそれを楽しみにしとるんや」


なんという壮大なドリームであろうか。
地球上の生きとし生けるものは、
空に輝くチンとマンにやさしく見守られながら
健やかに過ごせるのだ。
その上、チン食、マン食を始め、
いくつもの華麗なる宇宙ショーが体験できるのである。

男たちが夢を失ったといわれて久しい。
だが、このような大志を胸に抱き
日々精進を重ねる芸術家も日本には存在するのである。
夢のない男たちは、
ぜひ恥垢氏のちんぽの垢を煎じて飲みたいものである。
わけないか。

2003-03-16-SUN

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