小林 |
「まだまだお前の版画には、
人を別天地へ誘う力はないな。
まあ、俺の友だちに
その道の大家がおるから紹介してやるわ」 |
先生は北小岩くんを伴い、
小学校で同窓だった版画の達人を訪れた。
彼の家は木造で、
外壁や塀が異様な紋様に彫り込まれている。
引き戸を開けると、達人が和紙を手にして立っていた。 |
小林 |
「こちらが自称棟方志功の生まれ変わりの
棟方恥垢(むなかたちこう)氏や」 |
棟方 |
「ちこう寄れ。なんちゃって」 |
北小岩 |
「はじめまして。
わたくし、北小岩と申します。
ところで恥垢さんが
お持ちになっているものは何ですか?
墨で描かれているようですが」 |
棟方 |
「これはとれたてほやほやのマン拓ですね。
まだ湯気が立ってますよ。
ほら、あそこに座っている女性のものです」 |
和服を着た女性がこちらを見てうつむいた。
むせかえるような色香に、
北小岩くんは前をふくらませかけたが、
すんでのところで我にかえった。 |
北小岩 |
「でっ、でも、なぜ恥垢さんがマン拓を?」 |
小林 |
「自分のチン拓と美女のマン拓をベースに
作品を生み出していく。
つまり恥垢氏は、
チン拓とマン拓を専門に彫り続けている
日本有数の版画(板画)家なんやな」 |
北小岩 |
「なんと!」 |
棟方 |
「家の壁や塀にも、
チン拓とマン拓の紋様が彫ってあります。
大きさは現物の20倍です。
この先、関東大震災が起こって
家屋や塀が倒れた時に、
それで地面にチンとマンの版画が
できるようにしているのです。
廃墟と化した東京が
力を振り絞って復興に向かう時、
壁や塀をどかしたとたんに
チンとマンが現れれば、
人々にほのかな希望を与えることができると
思いまして・・・」 |
恥垢氏の瞳が熱いもので潤んだ。
その人類愛にあふれたスケールの
大きなプランを耳にして、北小岩くんは胸を打たれた。 |
小林 |
「だがな北小岩、
この男のスケールはそんなもんやないで。
恥垢氏の夢は宇宙へ行き
とてつもなくでっかいものを彫ることや」 |
北小岩 |
「と申しますと?」 |
|
小林 |
「月を二つに割って、
ひとつをチンチンの形に、
もうひとつをマンマンの形に彫るんやな。
地球から眺めるチン月とマン月。
それだけでも十分幻想的やが、
地球の影にチンとマンが入り込んで
見えなくなるチン食、マン食。
そして、地球とチン、マン、
太陽が一直線に並び
太陽を隠すチン日食、マン日食は、
この世のものとは思えない神秘の極みや。
特にマンが太陽を欠けさせていき、
すっぽり覆い隠す皆既マン日食ほど
オマンチックなもんはないで」 |
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北小岩 |
「・・・」 |
小林 |
「チン月を彫っていく途中で飛び散った岩。
つまり月のチンカスは隕石となって
地球に降り注ぐ。
もちろん、流れ星となるものも多い。
心の中で願い事をすれば、
ちんちんが擦り切れるほどの
いい目にあうかもしれん。
俺は今からそれを楽しみにしとるんや」 |