小林 |
「ほな、ちょいと出かけてくるわ」 |
北小岩 |
「わたくしも連れて行って
いただけませんか?」 |
小林 |
「まあ、しばらく一人になりたい気分なんや」 |
このところ週末になると、
小林先生がふらりと姿を消してしまう。
悩みでもあるのだろうか。
万が一を憂慮し、弟子の北小岩くんは
こっそり後をつけてみることにした。 |
北小岩 |
「どうやら駅に向かっているようです。
それにしても、
あの唐草模様の風呂敷の中身は
何でありましょうか」 |
先生が歩くたびに、カチャカチャという音がする。
行商のおばさんのようないでたちで
小田急線に乗り込むと、
車両の一番端の席に腰掛けた。
風呂敷を大事そうに胸にかかえ、
天使のような笑みを浮かべている。
北小岩くんは見つからないように、
隣の車両から目を凝らした。 |
北小岩 |
「あくまでもわたくしのカンでありますが、
海に向かっている気がします。
あの風呂敷の中には、
先生の真心が
入っているのではないでしょうか」 |
さすがに長年弟子を勤め上げているだけのことはある。
北小岩くんの思った通りに、
終点の片瀬江ノ島まで乗車。
ゆっくり歩を進めて江ノ電に乗り換え、
由比ガ浜で下車した。
凍てつく冬の朝、海には人影もない。
砂浜に風呂敷を置くと、何かをとりだした。
どうやらボトルのようである。
まるでウミガメの赤ちゃんでも放流するかのように、
やさしくボトルをひとつひとつ海に流していく。
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北小岩 |
「わかりました。
ボトルレターを出しているのです。
普段はわいせつなことばかり
口にしている先生ですが、
根はとてもロマンチストなのです。
異国の女性に拾われ、
文通できる日を
楽しみにしているのでございますね」 |
先生はボトルに手を振ると、相好を崩しその場を去った。
だが、いくつかは浜に打ち上げられてしまっていた。 |
北小岩 |
「先生の愛が込められたボトルが!」 |
小さな漁船の陰に隠れていた弟子は、
師の愛の結晶を海に戻そうと波打ち際に駆け寄った。 |
北小岩 |
「あれっ?
かわいらしい女の子の写真が
入っております。
丸文字でかかれたお手紙も‥‥」 |
(私はまだ男の人を知りません。
このボトルを拾った素敵なあなたが、
私を大人のオンナにしてくださいね!
ケータイは090−0724−6‥‥)
水で濡れてしまったのか、
その後はぼやけて判読できなくなっている。 |
北小岩 |
「明らかに変であります。
ビンの中はまったく濡れていないのに
文字が滲みきっています。
これでは番号がわかりません。
もしかするとわざと‥‥」 |
そうなのである。
先生はこのボトルを拾った餓えた狼たちを
くやしがらせるだけのために、
毎週片道2時間もかけてここまで来ているのだ。
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北小岩 |
「しかも拾った男がいたずらと気づいた時、
とどめを刺すためにこの番号を‥‥。
090はいいとしましても、
後の0724―6は
『オナニーしろ!』ではありませんか!!」
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