小林秀雄のあはれといふこと

しみじみした趣に満ちた言葉の国日本。
そんな国のいとおもしろき言の葉を一つ一つ採取し、
深く味わい尽くしていく。
それがこの項の主な趣向である。


其の百弐拾四・・・雛人形


草木も眠る丑三つ時。
小林家の客間に、ふたつの人影。
一人が懐中電灯で下から照らし、
もう一人が天袋の箱をゆっくりと下ろした。

「やっぱり先生の仰せの通りです!」

何のことはない。
小林先生と弟子の北小岩くんであった。

「許せんな!
 今年こそきっちり落とし前を
 つけさせてもらおうやないか」

先生はこう見えて、何よりも年中行事を大切にしている。
桃の節句も例外ではない。
この季節になると、
7段の雛人形を床の間に飾るのである。

小林 「毎年出すたびに、人形が増えておる。
 おかしいおかしいとは思いつつも、
 増えているなら縁起がいいと
 見逃してきたんや」
北小岩くんが、個別に収納された人形を取り出す。
北小岩 「先生、三人官女さんの一人が、
 赤ちゃんをあやしております!」
小林 「そんなことやろうと思った。
 赤ちゃんはかわいくて好きなんやが、
 なぜそこに存在するのかを考えると
 やはり目こぼしできんな」
先生は突然起こされ
眠そうにしているお内裏様をつかんだ。
小林 「おう、お内裏。
 お前しまわれているのをいい事に、
 箱から出て三人官女に
 夜這いかけとるんやろ!」
お内裏様はこたえない。
小林 「しゃあない。
 それなら官女に聞くまでや」
赤ちゃんをだっこした官女を包み込むように持ち、
やさしく語りかけた。

小林 「官女はん、お内裏はんのお味は
 いかがでしたか。
 馬並のモチモノをしていると聞いてます。
 お行儀の悪い声が、時々漏れてましたよ」
官女の頬にぽっと火が灯った。
北小岩 「やはり間違いありませんね」
飾られている時には、
隣りでお雛様が睨みをきかせているので
火遊びできない。
しかし、ひな祭りが終わってから翌年のお出ましまで、
それぞれの人形が別の箱に入れられているため、
お内裏様はこっそり抜け出し
ウハウハな思いをしているらしい。
先生はしらばっくれるお内裏様に向かい
語気を荒げた。

小林 「あの官女はなあ、
 美人ぞろいのお人形はんの中でも
 艶っぽくて、俺のお気に入りやったんや。
 それを‥‥。
 おう、どう責任とるつもりじゃい!!」
お内裏様がやっと重い口を開いた。
お内裏様 「それじゃあ僕も言わせていただきます。
 先生はお気づきではないと思いますが、
 夜中にエッチな本やDVDを観ながら
 やっていること、
 みんなで苦笑いしながら
 見学しているんですよ。
 いい歳してみっともないと
 思わないんですか」
小林 「うっ!!」
お内裏様 「それだけではありません。
 僕はもっと恥ずかしい秘密を
 知っています」
先生の頬を冷や汗が伝った。
小林 「まっ、まあ男には
 いろいろ人には言えない話があるよな。
 お内裏くん、男同士
 助け合うところは助け合って
 生きていこうやないか。
 今回は大目にみてやろう。
 そうそう、三人官女は
 段が君たちのすぐ下やが、
 それだとお雛様に感づかれて
 修羅場になるかもしれん。
 そうならんように、
 彼女たちは一番下の段に飾ってやるわ。
 お雛様には適当に言っておく」
お内裏様は勝ち誇った表情でうなずいた。
小林 「まっ、今後気をつけてくれや。
 3月3日が過ぎたら、
 箱に防虫剤と一緒に
 コンドーさんも入れておくから。
 これ以上人数を増やさんように
 うまくやってくれ。
 もっとも俺に
 ちょうどいいコンドーさんやから、
 君にはぶかぶかやろうけどな」


最後に何とか自分のプライドを
死守しようとした先生であった。
だが、お内裏様は人形界でも
名うてのマグナム者。
先生にちょうどいいものでは、
きつくて入らないであろう。

生まれてきた子供は、
女だったら官女に、男だったら囃子方にしている。
今、先生の家の雛人形は、
5人官女、7人囃子になっている。
だが、来年またどちらかが増えていることは、
疑う余地もないであろう。

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2005-03-03-THU

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