北小岩 |
「わたくしは、このまま何事もなさずに、
一生を終えてしまうのではないでしょうか。
世の中には物事を極め、
その道の神様と呼ばれる方が
いらっしゃいます。
先生がそういう方をご存知でしたら、
ご紹介いただきたいのですが」 |
小林 |
「なるほどな。
たまには他所で修行するのもええかもな。
よっしゃ、おあつらえ向きの男に
引き合わせたろやないか」 |
先生は弟子をともない、
その道の神様のところに出向いた。
神様は気のよさそうな小柄な老人であった。
右手に金属製の太い棒を、
左手には大ぶりの金色の玉を持っている。 |
北小岩 |
「こちらのご老人が何の達人なのか、
わたくしにはまったく見当がつきません」 |
小林 |
「まぁ、そうやろうな。
このお方は
『梃子(てこ)の神様』の馬鍬井転ノ介
(まぐわいころがしのすけ)はんや。
俺に言わせれば、
転ノ介はんほどの正義の味方はおらんな」 |
北小岩 |
「ますますどういった方なのか
わからなくなりました」 |
馬鍬井氏は先生と目を合わせ、深くうなずいた。 |
馬鍬井 |
「ではまいりましょうか」 |
氏が先頭になって公園まで歩を進める。
茂みから悩ましげな声が漏れてきた。 |
馬鍬井 |
「さてと。仕事に掛かるかのう」 |
右手の棒を鋭く振ると、中から釣竿のように、
金属が何段か飛び出した。
氏は長く伸びた棒を茂みにもぐりこませると、
金色の玉を転がした。
玉は棒にぶつかり停止。
ありったけの力で棒を下方に押した。 |
男女 |
「うぁ〜〜〜」 |
素っ裸で合体したままの男女が、
茂みから転がり出てきた。
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小林 |
「見事や!」 |
北小岩 |
「もしや転ノ介さんは
梃子の原理を応用したのですか!!」 |
小林 |
「そうやな。
棒を伸ばし、その先端部を
乳繰り合っているカップルの下に
潜り込ませる。
そして玉を支点にして、
梃子で二人を転がしたんや。
馬鍬井はんはこの道具を使い、
不埒なカップルを見つけたら
即座に転がすことができる。
ゆえに『梃子の神様』と尊称されとるんや」 |
氏は高齢でありながら、素早さが尋常ではない。
怒ったカップルに殴られないように、
すでに縮めた棒と玉を手に、
川の向こう岸まで逃げていた。
カップルは全裸の上に
腰を抜かすほど驚くので、
捕まることはないという。
三人は再び合流し、帰途についた。
だが、それだけでは終わらなかった。
しばらく行くと、道に面したハイツから
大音量のよがり声が轟いてきたのだ。
窓を開けたままことに及んでいる。 |
馬鍬井 |
「塾帰りの子供たちも多いのに、
教育上よくありませんなぁ」 |
言うが早いか窓の隙間から梃子をねじ込み、
カップルを転がした。
二人の叫びと壁にぶつかる鈍い音が同時であった。
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北小岩 |
「確かに馬鍬井さんは正義の味方です。
ぜひ、わたくしに
その技を伝授してください!!」
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