小林秀雄のあはれといふこと

しみじみとした趣に満ちた言葉の国日本。
そんな国のいとおもしろき言の葉を一つ一つ採取し、
深く味わい尽くしていく。
それがこの項の主な趣向である。

其の百参拾四・・・薬



「毒消しはいらんかえ〜、
 チンの毒消しはいらんかえ〜」


戸を開ける鈍い音と同時に、
売り声が家の空気を震わせた。

北小岩 「何か御用でしょうか?」
猜疑の心持ちで弟子が玄関を覗くと、
そこには二宮金次郎の銅像のような
とっちゃん坊やが爪立ちしていた。
前田 「おらは前田玉金(ぎょくきん)と
 申するちゃ」
北小岩 「そうでございますか。
 ところでその背にある
 柳行李は何ですか?」
前田 「これかい。中には薬が入っとるだよ」
北小岩 「ついに疑問が氷解いたしました。
 あなたはまさに、
 富山の薬売りさんではないでしょうか」
前田 「おしいやねえ。
 おらは富山の薬売りじゃなくて、
 富珍山(とみちんやま)の薬売りなのよ」

小林 「遠方からの客人やな。
 どんな薬があるのか見せてみい」
柱の陰で聞き耳を立てていた先生は、
弟子と前田氏のスローモーなやり取りに業を煮やし、
会話に割り込んできた。
前田 「おらはね、
 ちんちんとちんちんの心の健康を保つために、
 妙薬を売り歩いてるんだちゃ。
 これはね、ちんちんの睡眠薬で
 『コロチン』というんだなぁ」
北小岩 「何やら怪しげですね」
小林 「いや、そんなことはないで。
 例えば夜中に一人、
 世界人類の幸福について
 思いを馳せているとする。
 永久に無くならない戦争、
 飢餓で死にゆく子供たち・・・。
 だが思考の内容とは関係なく、
 股間だけが妙にもっこりしてくることがある。
 『コロチン』の出番や。
 幸せへの聖なる希求を邪魔されぬよう、
 その時間ちんちんには静かに
 おねんねしてもらうと、こういうわけやろ」
前田 「その通りですちゃ。他にもね、
 息子の風邪によくきく
 『頓服ポール』もございますだ。
 もちろん非ピンピン系だんよ」
北小岩 「非ピリン系はよく耳にしますが、
 チン薬にはそのような系統のものが
 存在するのですね。
 ここにある『睾丸』というのは何ですか?」
前田 「玉金を強打して脂汗を流している時に
 飲む丸薬ですちゃ」
小林 「なるほど。わかりやすくてええな。
 ほな、その箱ごと置いてってもらおうか」
前田 「ありがたき幸せですちゃ。
 お代は1年後に使っただけいただきますので、
 今はいいですわっぴんぐ」
北小岩 「富山の薬売りさんは、
 子供たちにおまけで紙風船などを
 置いていってくれたそうですが、
 富珍山の薬売りさんは
 そういうものはございませんか」
前田 「もちろんございますちゃ。
 これ、あげる〜ら」
前田氏が、白いお手玉のようなものを手渡した。
小林 「これはちんちん用の枕やな。
 う〜む。
 このやわらかさ、へこみ具合なら、
 あやまってちんちんが
 寝違えることもないやろ。
 ええもんもらったな」

北小岩 「ありがとうございます!」


薬売りは微笑を残し、次の家へと向かっていった。
男たるもの、己の竿の心や健康は、
自分で管理せねばならない。富珍山秘伝の置き薬が、
その一助となることは確実であろう。

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2005-08-28-SUN

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