小林 |
「どうした。
瞼が腫れとるやないか。
まあ上がれや」 |
頬に涙の筋が残る後輩を気遣い、
無理やり笑窪をつくりながら招き入れた。 |
後輩 |
「実は精子と喧嘩いたしまして」 |
意表をつく展開に、先生の眉間に深い皺が刻まれた。 |
小林 |
「ちょっとまて。
一杯やりながら、謹聴しようやないか」 |
二人が腰を下ろすと、
弟子の北小岩くんが
ビールとよっちゃんイカを運んできた。 |
後輩 |
「2ヶ月ちょっと前のことなのですが、
夜中に局部の先から
上擦った声がしまして。
そっとのぞいてみると、
目視することはできないのですが、
精子が顔を出しているようでした」 |
小林 |
「ほう」 |
後輩 |
「仲間を代表して、
抗議に来たらしいのです。
彼は言いました。
『あなたには、
僕たちへの愛情がかけらもない。
ほんの少しでいいから、
僕たちのことを慈しんでください。
そうすれば、思い残すことなく
短い生涯をまっとうできるのです』
と。
私は憤怒しました。
『精子のくせに、
何生意気言ってやがる。
お前なんか見たくもねぇ。
汚ねえからとっとと失せな!』
と。
そして精子目がけて
拳を振り下ろしました。
彼はすばやく睾丸の中へ隠れたので、
自分の急所を
殴りつけたに留まりましたが」 |
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北小岩 |
「その後、何か起こりましたか?」 |
後輩 |
「速射大王の名を
欲しいままにしていた私ですが、
その日から
皮が剥けるまでがんばっても、
噴射しなくなってしまいました。
彼らはどんな刺激を受けようが
飛び出さないように、
必死に逆方向に
泳いでいるようなのです。
格闘の日々が続きました。
昨夜、私は決意しました。
このまま如意棒が擦りむけ
出血に至ろうとも、
彼らが音を上げるまで
上下動させ続けようと。
8時間耐久マスターの始まりです。
何時間も鬼の形相でしごきました。
そしてついに私は
勝利をおさめたのです。
しかし、憎しみを込め
顕微鏡で彼らを確かめると‥‥」 |
瞬間、まなこから大粒の雫が飛び散った。 |
北小岩 |
「精子さんたちは、
どうされたのですか?」 |
後輩 |
「彼らはお互いの首に巻きつき、
命を絶っていたのです。
憫然たる風体で。
私はおののき、
自分の過ちを悔やみました。
尊厳を切り裂かれ続けた彼らが、
どれほど傷つき苦しんでいたか。
考えるまでもなく、精子は自分の分身。
これほど大切な存在はないはずです。
それなのに私は‥‥」 |
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小林 |
「そうやな。
本来、かけがえのない宝物や。
だが、男どもは
使い捨て以下の扱いをしとる。
時に汚物待遇や。
自分だけ気持ちよくなって、
出すだけ出してな」 |
後輩 |
「25年間、一度もやさしくしたことは
ありませんでした。
将来子供が生まれた時、
私は心から愛することでしょう。
しかし、その愛すべき子供になる
可能性のあった他の精子たちを、
どうして愛せなかったのか。
いえ、愛せないだけではなく、
なぜこれほどまでに
陰惨な振る舞いを続けられたのか。
私は、私は‥‥」 |
その先の言葉は、涙に流されてしまった。
先生はゆっくり後輩の肩に手を置いた。 |
小林 |
「お前だけやない。
俺だって、正直いって
精子に愛情を持ったことはなかった。
出し捨て御免の毎日や」 |
北小岩 |
「わたくしもです。
つい勢いあまって、
日に2度3度ということもございました。
それなのに、感謝の言葉ひとつなく‥‥」
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