小林秀雄のあはれといふこと

しみじみとした趣に満ちた言葉の国日本。
そんな国のいとおもしろき言の葉を一つ一つ採取し、
深く味わい尽くしていく。
それがこの項の主な趣向である。


其の百四拾壱・・・自慢


「北小岩の家はどうなんだよ?」

「何も資料がないのでわからないのですが、
 わたくしの先祖は小さな土地を耕していた
 お百姓さんだと思います」

「ふ〜ん。
 まあそんなとこだろうな。
 俺は家系をたどると、
 戦国武将の徳前清則に行き着くんだ。
 お前とは家柄が違う。
 世が世なら、切捨て御免だぜ!」

「ははあ」(平伏)

この会話が半年前。
北小岩くんは度を越えておだやかであるがゆえに、
何かにつけ友人から自慢されてしまう。
そんな時でも彼は、お地蔵様のような微笑を浮かべ、
何時間でも真摯に耳を傾けてくれるのだ。

だが、なぜだろう。
半年もたつときまって、
得意気に自慢をした者たちが己の浅はかさに気付き、
北小岩くんのもとへ懺悔に訪れるのだ。
無礼狼藉の極み、徳前氏も例外ではなかった。

徳前 「前に嫌味な自慢をしただろう。
 俺は武将の末裔だって」
北小岩 「関ケ原の戦いで功名を立てた
 徳前清則という方が、
 ご先祖というお話でしたね。
 わたくし、憧憬を持って
 うかがっておりました」
徳前 「そのことなんだけど。
 うちの蔵のお宝を、
 父が懇意にしている学者に
 見てもらったんだよ。
 その時家系図も‥‥」
徳前氏の声が揺れた。
目がにじんでいるようだ。
北小岩 「家系図がどうされましたか?」
徳前 「六代遡ったところと、
 九代遡ったところが‥‥」
徳前氏持参の家系図をのぞきこんだ北小岩くんが、
素っ頓狂な声を上げた。
北小岩 「なんと!」
いかにも武将という名が連なる系図の二箇所に、
『ちんぽ』と書かれていたのだ。

徳前 「俺は武将の末裔という誇りだけで
 生きてきた。
 だが、途中親の名がわからず、
 ただ『ちんぽ』なんて書かれていたら‥‥。
 由緒なんて正しくなかったんだよ」
北小岩くんは、
力まかせに破り捨てようとする氏の手から
家系図を奪った。
北小岩 「そうでしたか。
 でも言ってみれば、
 すべての人間のお父さんは、
 『ちんぽ』ではないでしょうか。
 そう考えれば武士の『ちんぽ』も
 それ以外の身分の『ちんぽ』も同じ。
 二箇所それが入ったからって、
 あなたはやはり武将の末裔なのですよ」
徳前 「あんなにお前を小馬鹿にしたのに、
 やさしくしてくれるのか。
 それだけじゃないんだ。
 関ケ原の戦いの前に
 徳川に送ったという書状の話もしただろ。
 あれは血判ではなく、
 女の人が月のもののときに
 押し付けて拭いた紙だったんだ」
北小岩 「‥‥」
徳前 「血判状ではなく、マン拓だったんだよ」
北小岩 「天下分け目ではなく、
 天下割れ目だったのですね。
 しかし、それが
 いかほどのことがございましょう。
 武将のお話には
 雄大なロマンがありますが、
 ロマンとオマンは
 とっても似ているではございませんか」
徳前 「そっ、そうだな‥‥。
 北小岩、今まで自慢ばかりして悪かった。
 ごめんな。ごめんな」

北小岩くんはお地蔵様のようにまあるい顔をして、
切れ長の目から熱いものを滴らせる友の肩をたたいた。
世の中には、自慢する人とされる人がいる。
もし自慢されてしまうのなら、
北小岩くんのように大きな心を持って、
自慢されたいものである。

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2006-01-05-THU

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