小林秀雄のあはれといふこと

しみじみとした趣に満ちた言葉の国日本。
そんな国のいとおもしろき言の葉を一つ一つ採取し、
深く味わい尽くしていく。
それがこの項の主な趣向である。


其の百四拾参・・・まわし


「むっ、この黄土色に変色した写真は何でしょうか?」
小林先生の机上にある
ハエトリ草と戯れていた北小岩くんが、
誰にともなくささやいた。

「先生がパンツ一丁の大男の体に巻きつき、
 金剛力士の形相で白目をむいております。
 かなり昔のものとお見受けいたしますが、
 何か危機的状況に追い込まれたのでしょうか」

ガラッ!

「うう〜、寒いなあ。
 こんなに寒いと、
 己の息子が孫になってしまうわ」

下半身に暖をとらせるため、
新しいエロ本を買いに出ていた師が帰宅した。

北小岩 「不可思議なフォトを発見いたしました。
 先生の悶絶寸前のお顔、
 特殊な関節技でも
 かけられているのでしょうか」
小林 「ああ、それはプロレスではなく、
 相撲やな」
北小岩 「どこが相撲なのですか。
 このような決まり手は、
 48手にはないと思われますが」
小林 「目ン玉おっぴろげて、よ〜く見てみい。
 取組やないで。
 俺がやっているのは、力士のまわしや」
北小岩 「なんと!」
頭を下にして力士役の男の胴を両足で挟み、
股をくぐって上半身を後ろに持っていく。
そして、手で自分の足を掴み落ちないようにする。
それが『人間まわし』である。

小林 「これはもう、15年以上前の写真や。
 知人の結婚披露宴があってな。
 何か出し物を
 やらねばならんということで、
 『まわし』として参加したんや」
北小岩 「披露宴には招かれていなかったのですか」
小林 「ああ」
そのような寿ぎの場に、
呼ばれてもいないのにまわしとして飛び入りする。
人間としては、
かなり下等な部類に属するのは間違いない。
北小岩 「激しく悶えているご様子ですが、
 大役を無事果たせたのですか」
小林 「いやな、
 前日から腹がゆるくなっていてな。
 屁が出そうで困ったわ」
北小岩 「それはなりません。
 お祝いに来ている方々に
 お尻を向けているのですよね。
 もしも、
 実まで出すなんてことになりましたら、
 宴が台無しになってしまいます」
小林 「そやから、
 俺も力士役が
 祝福の相撲甚句を唄っている間、
 なんとかふんばった。
 だが、かなり厳しい体勢や。
 酸欠状態でめまいがしてきてな、
 それを避けるために
 必死に鼻で深呼吸しとったんや」
北小岩 「この写真は、
 耐え忍びの地獄絵図なのですね」
小林 「うむ。だが話はその後や。
 力士役が
 『は〜、どすこい!どすこい!』の
 掛け声とともに四股を踏んだとたん、
 一発こきやがってな。
 俺の鼻はそいつのケツの穴あたりに
 ぴったりくっついていた。
 まさに泣きっ面に屁。
 深呼吸でダイレクトに入ってきた屁が
 脳に回り、
 意識が遠のいてそのままポトリや」
北小岩 「いと臭きものが大脳を直撃。
 想像するだに
 恐ろしいことでございます」



祝席に失笑が響いた。
披露宴に友人としてではなく、
まわしとして参上した男。
そのまわしの役目さえろくに果たせず、
あえなく落下した男。
世の中に情けない男はあまたいるが、
先生と呼ばれている三下奴が、
最右翼に位置することは明白であろう。

小林秀雄さんへの激励や感想などは、
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2006-02-14-TUE

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