北小岩 |
「おや、タマが遊びに来ておりますね。
彼ももう16歳を
超えているのではないでしょうか。
人間の年齢に例えてみると、
80ぐらいでございましょうか」 |
弟子が湯たんぽのように
あたたかなまなざしで見つめていると、
タマは庭石ですべって頭をぶつけ、
ふらふらしながら塀の穴から帰っていった。 |
北小岩 |
「数年前に比べると、
だいぶお年を召されたようですね。
他人事、いえ猫事ではございません。
わたくしもおじいさんになったら、
いったいどんな生活が
待っているのでありましょうか」 |
老後の自分を想像した北小岩くんの顔に、
みるみる暗雲が垂れ込めてきた。 |
北小岩 |
「どう考えても明るい情景が浮かびません。
先生に相談に
乗っていただくしかございません」 |
ちょうどその時、
師はご満悦な表情で裏本の見本市から戻ってきた。 |
小林 |
「どないした?
ゲリ混じりの屁でも
嗅がされたような顔をして」 |
北小岩 |
「先生は老後のそなえは
いかがしておりますか」 |
小林 |
「ばっちりやな。
若い頃からちゃんと加入しとるからな。
ある年齢に達したらウハウハや」 |
北小岩 |
「国民年金のことでございますか?
それでしたらわたくしも
きちんと払い続けておりますが、
年金は様々な問題が
表面化しておりますし、
少子化であまり頼りにならないのでは
ございませんか」 |
小林 |
「国民年金だけでは、心もとないやろな。
ちょい待てや」 |
先生は縁台から部屋にあがり、
黒光りする引き出しの中から
大切そうに何かを持ってきた。 |
北小岩 |
「それは年金手帳でございますね」 |
小林 |
「そう見えるか。
目ん玉もっこりさせて、
よく見てみい」 |
北小岩 |
「はっ。
確かに年金手帳ではございません!
え〜と。
『年金玉手帳』と書かれています!」 |
|
小林 |
「そうや。
俺は二十歳過ぎからずっと、
『国民年金玉』に加入しとるんや」 |
北小岩 |
「それはいったい
どういうものでございますか?」 |
小林 |
「俺ぐらいモテると、
夜の生活で何人もの女性に
随喜の涙を流させまくっているわな。
毎月毎月その実績がポイントになって、
保険料のように納付されていくわけや。
65歳になったら、
納付ポイントに応じて
絶世の美女がやってきて、
たまたまと如意棒を
かわいがってくれるという寸法や。
気持ちのいい老後が保障されると、
まあそういうこっちゃ」 |
北小岩 |
「国がたまきんの面倒を
見てくれるのですか!
そのように有益なシステムがあること、
わたくしまったく存じませんでした。
確かに毎月支給される年金で
生活のベースをかためることも大切ですが、
男はパンのみに生きるにあらず。
年金玉で晩年まで
急所まわりを充実させることは、
必須なことですね。
わたくしもすぐに加入いたします!」 |
小林 |
「君が入ったところで、
将来いい思いをするほど
納付できないと思うが、
気休めに入ってみるのもええやろ。
まあ、俺は超高額納付者や。
今日、社快感保険庁から
年金玉見込試算が送られて来るはずや」 |
師は門にくくりつけられた郵便受けまで
草履を突っかけ走っていき、
中から封書を取り出し開封した。 |
小林 |
「どりゃどりゃ。むっ!」 |
瞬間、怒りで頭から湯気を立ちのぼらせた。
|
小林 |
「これは何かの間違いや!
社快感保険庁のヤツ、
記録をミスしておる!
今から文句言ってくるわ!!」 |