北小岩 |
「まだまだお正月と思っていたら、
1月もあともう少し。
時のたつのは早いものでございます」 |
市井の人よりゆっくり時間が流れて行く
不肖の弟子の生活。
大晦日にご近所さんから
大量にいただいたおもちの青かびを削りながら、
ひとりごちる。
いまだに毎日三食あまったおもちを
七輪で焼いて食しているのだが、
なくなる気配もない。 |
北小岩 |
「特筆することのない1月でありました」 |
一日一日を噛み締めるように、
過ぎ去りしカレンダーの日付を指でたどる。 |
北小岩 |
「むっ?」 |
言い知れぬ違和感が目玉の表面に残り、
思わず声をあげた。 |
北小岩 |
「大変でございます。
今年のカレンダーは
1月が32日までございます!」 |
指先に余分な力を入れつつ、
他の月をチェックしてみる。 |
北小岩 |
「今年は閏年。
それはいいとしても、
2月は30日まで‥‥」 |
例年よりも1日多いのだ。 |
北小岩 |
「このカレンダーは、
いつの間にか
郵便受けに投函されていたもの。
これは先生にお知らせせねばなりません」 |
トイレから、
踏ん張りすぎて上気した顔の先生が出てくると、
眼前にカレンダーを差し出した。 |
小林 |
「噂には聞いとったが、ついに来たか」 |
北小岩 |
「ご存知な現象なのですか?」 |
小林 |
「まあな。だが経験したことはない。
どんなもんか。
ここはいっちょ、
悪い翁といい翁に聞いてみるか」 |
北小岩くんが黒電話のダイヤルを、
ジーコジーコした。 |
北小岩 |
「もしもし。悪い翁さんでございますか?
実はわたくしどもの家のカレンダーが、
1月32日まであるのですが」 |
悪い翁 |
「オレんちにも69年ほど前に、
そのカレンダーは届いたぞ。
32日は世にも恐ろしい日だった。
あまりに寒かったので
金玉をあたためようと
火鉢にあてていたら、
火がはぜて陰毛に燃え移ったんだ。
年中、油のついた手で
ちんちんのまわりを掻いていたから、
陰毛が燃えやすい状態に
なっとったんだな。
大切なところが、
焚火の中の焼きイモ状態に
なってしまった。
おまけに火傷に薬と間違えて
唐辛子を塗ってしまい、
あまりの痛さに
ふるちんで池に飛び込んだ。
イツモツは、
数年使い物にならなくなったわな」 |
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北小岩 |
「そうでしたか。
とても参考になります。
ありがとうございました。
(北小岩くんの心の声)ははあ。
かちかち山の狸みたいでございますね。
きっと悪いことばかりしていると、
32日にバチが当るのでしょう」 |
次にいい翁に電話した。 |
いい翁 |
「32日ですか。うほほほほう。
玉虫のように輝かしい思い出しか
ありませんのう。
その日は大雨が降った後に、
からっと晴れたんじゃな。
大きな水たまりができて、
着物を着た若い女性が二人、
通れなくてこまっとったんじゃよ。
だからな、私の着物を脱いで
水たまりに敷いたんじゃが、
それだけじゃ足りなくてな。
下帯もほどいて
彼女たちはやっと渡れたんじゃ。
外はかなりしばれていたんで、
私がくしゃみをすると、
女性たち二人が申し訳ないので
あたためてくれると言ってな。
私の家で肉布団になってくれたんじゃ。
ほどよくあたたまったところで。
うほほほほ」 |
北小岩 |
「なるほど。うらやましいお話ですね。
(北小岩くんの心の声)
いい翁さんのように
毎日善行を重ねていれば、
32日にはこんなにウハウハなことが
あるのでございますね」 |
先生に話すと、一瞬にやけた顔が
すぐに冴えない表情に変わってしまった。 |
小林 |
「よくよく考えると、
俺は今まであまり善行をした記憶がない。
ええ予感はせんな。
大急ぎで急所カップを
取り寄せといた方がよさそうや」 |