KOBAYASHI
小林秀雄、あはれといふこと。

しみじみとした趣に満ちた言葉の国日本。
そんな国のいとおもしろき言の葉を一つ一つ採取し、
深く味わい尽くしていく。
それがこの項の主な趣向である。



其の百八拾壱・・・忠


「ザワザワザワザワ」

「ビーッ。ビーッ」

「ヴォーン。ヴォーン」

先生とその弟子、
すなわち世の中で最も役に立たない両名は、
珍しく繁華街にいる。

北小岩 「あれが忠犬ハチ公でございますね」
小林 「そうや」
先生があまりにも有名な銅像の急所を、こつんと叩く。
小林 「お前も知ってる事とは思うが、
 ハチは一途に主人に忠義を尽くしたと
 いわれとるわな。
 主と従ということでは、
 お前も俺に対してもっと尽くしても、
 罰は当らんわな」
師匠として弟子に授けたものは何も無いくせに、
自分はよき何かを得ようとする。
卑しさの極みである。
だが人の好い弟子は。
北小岩 「最もでございます。
 わたくしもハチを見習い、
 この生ある限り誠心誠意先生に
 お仕えしようと思ってまいりました」
その時だった。
像の裏に隠れていたおじいさんが、
びっくり箱の人形のように飛び出してきた。

おじい
さん
「参考にするのは
 ハチだけじゃダメちゅう」
北小岩 「あなたは?」
おじい
さん
「言うなれば、
 忠の伝道師っちゅうところちゅう」
北小岩 「わたくしは
 どのようにすればよろしいでしょうか」
おじい
さん
「忠義を貫く生き物は犬だけではないがな。
 犬は人間から愛されとるから
 美談になっとるが、
 嫌われとっても
 人に尽くす生き物は多いっちゅう」
北小岩 「と申しますと」
おじい
さん
「忠ヒル四郎じゃわ。
 主人から避けられても、
 その主人の血だけを吸っとったわ。
 ある日主が行方不明になったんじゃが、
 他の生き物の血を吸うことを拒否し、
 息耐えたっちゅう」
小林 「なるほどな。
 どんなに一途でも、
 蛭では銅像は建たんやろな」
おじい
さん
「他にもいますだわ。
 忠精子五郎。
 こいつはイチモツの先から
 飛び出してしまうと、
 しばらく宿主が楽しめなくなるので、
 必死に泳いで中に戻る。
 何度も何度も繰り返すうちに、
 力尽きて絶命したっちゅうな」
北小岩 「忠精子‥‥。
 何だか名前が爆弾のようで
 恐ろしげですね」
おじい
さん
「塩の在りかを主に知らせるために
 自分が縮んでしまった忠なめくじ六郎。
 忠インガム七郎もなかなかじゃわ。
 何があっても忠誠を誓い、
 一生くっついて離れないちゅう」
小林 「忠インガムなんて、
 単なる駄洒落やんけ!
 どうでもいいが、忠義の物語のはずが、
 まったく心を動かされんな」
北小岩 「特にガムは生き物でもないし、
 屁の足しにもなりません」
おじい
さん
「じゃが、あんたらは聞いてしまったじゃ。
 一人につき、千円で勘弁したるっちゅう」
小林 「何が勘弁や!」
北小岩 「あなたは検便でもしていなさい!!」

わけのわからないセリフで煙にまき、
その場から逃亡する二人。
このおじいさんはインチキであったが、
確かに犬や猫やイルカなどは美談になりやすく、
うじ虫やゲジゲジ、吸血コウモリなどは
どんなに忠義を尽くしたところで、
嫌われたままでいることだろう。
最も勝手に人間が嫌っているだけであって、
その者たちには嫌われているという意識はなく、
銅像にもなりたいとは思っていないであろうが。

小林秀雄さんへの激励や感想などは、
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2008-03-23-SUN

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