KOBAYASHI
小林秀雄、あはれといふこと。

しみじみとした趣に満ちた言葉の国日本。
そんな国のいとおもしろき言の葉を一つ一つ採取し、
深く味わい尽くしていく。
それがこの項の主な趣向である。



其の百八拾弐・・・心


北小岩 「ホカホカですね」
小林 「そうやな。
 春は俺たちみたいに、
 人生のわきの下を
 這いずっているものの心まで、
 包み込んでくれるようやな」
北小岩 「桜の花びらも、
 るらるんと話しかけてくるようであります」
小林 「純な男としては、
 いろいろな部分が
 桜色であって欲しいと願うわな」
北小岩 「むっ、あれは?」
やや強めの日差しを直接つむじで受けながら、
町をゆっくり流していた二人は、
信じがたい情景に出くわしてしまったのだ。
そこでは大柄な虚無僧が屈みこみ。
虚無僧 「それはそれは、もっとも至極!」
湯気をたてた糞と会話しているのだった。

北小岩 「もし。虚無僧様」
虚無僧 「おおこれか」
わきにはさんでいた鉢を差し出す。
北小岩 「それではございません。
 虚無僧様がなぜ犬の糞に
 語りかけているのか
 不思議に思ったわけでございます」
虚無僧 「犬の糞? 
 これがそのように見えますか」
北小岩 「えっ? もしや」
虚無僧 「そう。
 犬のものではなく、
 明らかに人のものです」
小林 「なぜ語りかけているかの答えには
 なっとらんな」
虚無僧 「そのことですか。今まで
 あまり公にされてこなかったのですが、
 人間の体から出てきたものには、
 多寡はあるものの、
 すべてに心の一部が混ざっているのです」
北小岩 「大便にもあるということですか」
虚無僧 「もちろん。
 だからこうして私は、
 私の心の一片と対話しているのです」
北小岩 「巨大な物体は、
 虚無僧様から
 ひりだされたものでございましたか」
虚無僧 「そうじゃ。
 あそこの電信柱を御覧なさい。
 犬のおしっこにしか見えないだろうが、
 あれも人のおしっこです。
 小便にも、心が入っています。
 しかし、かなり薄まっていますな」
ぷう〜!

虚無僧 「失敬。
 今の屁にもわずかに存在しましたが、
 はかなく消えてしまいました」
小林 「なるほどな。
 排泄されたものは、体の中にあったとき、
 わずかであっても
 心とつながっとったはず。
 つながっとるだけではなく、
 心の動力になっている場合も
 あったわけや。
 そう考えると、
 物体に混ざって出てくるのは、
 至極当然というべきやろな」
虚無僧 「そうです」
北小岩 「先ほどは、
 何を語り合っていらっしゃったのですか」
虚無僧 「語りあっていたというよりも、
 教えを受けていたのです。
 お前は世を捨てたことで、
 純真無垢に人の気持ち全般が
 わかったつもりに
 なっているかもしれないが、
 大便になってみなければ、
 下々の本当の気持ちなど
 わからないだろうと」
小林 「自分の大便にしかられる僧か。
 最初はなにやら胡散臭いと思ったが、
 そういう僧こそ
 信用できるのかもしれんわな」

虚無僧の話では、大小便、おならは当然のこと、
目くそ、鼻くそ、耳くそ、汗、ふけ、くしゃみ、せきなど、
あらゆる人体からの排出物には
心が含まれているというのだ。
時には情を内包した断片と、
語り合ってみるのもいいかもしれないものだなあ。

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2008-03-30-SUN

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