北小岩 |
「ホカホカですね」 |
小林 |
「そうやな。
春は俺たちみたいに、
人生のわきの下を
這いずっているものの心まで、
包み込んでくれるようやな」 |
北小岩 |
「桜の花びらも、
るらるんと話しかけてくるようであります」 |
小林 |
「純な男としては、
いろいろな部分が
桜色であって欲しいと願うわな」 |
北小岩 |
「むっ、あれは?」 |
やや強めの日差しを直接つむじで受けながら、
町をゆっくり流していた二人は、
信じがたい情景に出くわしてしまったのだ。
そこでは大柄な虚無僧が屈みこみ。 |
虚無僧 |
「それはそれは、もっとも至極!」 |
湯気をたてた糞と会話しているのだった。
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北小岩 |
「もし。虚無僧様」 |
虚無僧 |
「おおこれか」 |
わきにはさんでいた鉢を差し出す。 |
北小岩 |
「それではございません。
虚無僧様がなぜ犬の糞に
語りかけているのか
不思議に思ったわけでございます」 |
虚無僧 |
「犬の糞?
これがそのように見えますか」 |
北小岩 |
「えっ? もしや」 |
虚無僧 |
「そう。
犬のものではなく、
明らかに人のものです」 |
小林 |
「なぜ語りかけているかの答えには
なっとらんな」 |
虚無僧 |
「そのことですか。今まで
あまり公にされてこなかったのですが、
人間の体から出てきたものには、
多寡はあるものの、
すべてに心の一部が混ざっているのです」 |
北小岩 |
「大便にもあるということですか」 |
虚無僧 |
「もちろん。
だからこうして私は、
私の心の一片と対話しているのです」 |
北小岩 |
「巨大な物体は、
虚無僧様から
ひりだされたものでございましたか」 |
虚無僧 |
「そうじゃ。
あそこの電信柱を御覧なさい。
犬のおしっこにしか見えないだろうが、
あれも人のおしっこです。
小便にも、心が入っています。
しかし、かなり薄まっていますな」 |
ぷう〜!
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虚無僧 |
「失敬。
今の屁にもわずかに存在しましたが、
はかなく消えてしまいました」 |
小林 |
「なるほどな。
排泄されたものは、体の中にあったとき、
わずかであっても
心とつながっとったはず。
つながっとるだけではなく、
心の動力になっている場合も
あったわけや。
そう考えると、
物体に混ざって出てくるのは、
至極当然というべきやろな」 |
虚無僧 |
「そうです」 |
北小岩 |
「先ほどは、
何を語り合っていらっしゃったのですか」 |
虚無僧 |
「語りあっていたというよりも、
教えを受けていたのです。
お前は世を捨てたことで、
純真無垢に人の気持ち全般が
わかったつもりに
なっているかもしれないが、
大便になってみなければ、
下々の本当の気持ちなど
わからないだろうと」 |
小林 |
「自分の大便にしかられる僧か。
最初はなにやら胡散臭いと思ったが、
そういう僧こそ
信用できるのかもしれんわな」 |