北小岩 |
「またでございますか!」 |
日頃は裏庭の苔のように物静かな北小岩くんが、
声を荒げた。
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小林 |
「どないした。
亀が頭を締め付けられたような声を出して」 |
北小岩 |
「はっ。申し訳ございません。
新聞を熟読しておりましたところ、
また見つけてしまったのです」 |
小林 |
「股見つけた?
それはエロい女の股か?」 |
弟子を笑わそうと
会心のギャグを飛ばしたつもりの師であったが、
むなしく空回りした。
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北小岩 |
「お手本となるべき人、
絶対にそのようなことを
してはならない職にある人が、
下半身関係の事件で次々捕まっております。
もちろん他の人が罪を
犯していいというわけではありませんが」 |
小林 |
「そのことやな」 |
北小岩 |
「わたくし、これほど裏切られた気持ちに
なったことはございません。
大いに憤慨しております。
それと同時に、
男のあまりに悲しく情けない性を
思わずにはいられないのです」 |
小林 |
「その通りや。
男はな、自分の性欲を甘く見すぎとる。
この世で性欲ほど恐ろしいものはない」 |
北小岩 |
「確かに
これほどコントロールの難しいものは
ございません。
果たしてどのようにすれば」 |
小林 |
「俺は町の知恵者に教えを受けたことがある。
それが解答とは言い切れんが、
参考にはなるかもしれんな」 |
二人は町の最北端にある掘っ立て小屋にすむ
知恵者甲と乙を訪ねた。
まずは乙の意見を聞く。
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知恵者乙 |
「性欲は暴れだすと、いとも容易く主を
内部から食ってしまいますな」 |
北小岩 |
「乙さんはそのために
何か対策を立てていらっしゃるのですか?」 |
知恵者乙 |
「まともに戦うことはあきらめています。
だから懐柔策をとっています」 |
北小岩 |
「どのような?」 |
知恵者乙 |
「性欲に毎年お中元やお歳暮を贈るのです。
まあ、ご機嫌とりというところですね」 |
小林 |
「何を贈るかがとても難しいんや。
MAXまで興奮しているはずなのに、
なぜか性欲が減退するエロ本や
おもちゃなどが、今のところ有効なようや」
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北小岩 |
「しかし、それではいずれ主導権を
向こうに握られてしまいそうです。
もう少し迫力のある方法は
ないものでございましょうか」 |
小林 |
「知恵者甲はんの出番や」 |
知恵者甲 |
「脳内に猛り立つ性欲が発生した時、
私はそれと対抗するホルモンを出します。
そして、性欲がそれ以上
攻め込んでこないように、
ホルモンで強靭な陣形を敷くのです。
得意な形は、鶴翼の陣ですね」
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小林 |
「誰にでもできる芸当やない。
何度も気絶するほどの厳しい修行を
積んだものだけがなしえること。
性欲のヤツも、
簡単には攻撃してこれないからな」 |
北小岩 |
「鶴翼・・・。
鶴が羽を広げているような美しい布陣。
諸葛孔明考案といわれていますね。
カッコいいです!
わたくし、付け届けをするよりも、
自分の脳を鍛えて
その陣形で戦いたいと思います」 |
善人を絵に描いたような男でさえ、
欲望を抑えきれずに一瞬で人生を棒に振ってしまう。
男ならば決して他人事ではないのである。
ここに挙げたのは二つの事例でしかない。
だが、自分の意思と
性欲のパワーバランスを考える上で、
若干のヒントにはなるかもしれない。
性欲は身を滅ぼすほどに恐ろしいものなのだから。
各自がその重さを受け止め、
自分の方法で折り合いをつけていくことが、
ますます重要になってくる気がしないでもない。
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