小林 |
「たまにはええやろ」 |
先生と弟子、馬鹿二人は
濁り切った心を濾過するため、
せせらぎの音を味わいつつ露天風呂につかっている。
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北小岩 |
「命の洗濯機を回すというのは、
まさにこのことでございますね」 |
頭にタオル。
鼻の下を伸びきらせ、
ワケのわからないことを呟く。
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北小岩 |
「むっ、
今不自然な風が吹いてまいりました」 |
小林 |
「あそこを見てみい!」 |
北小岩 |
「うおうっ!」 |
驚いて立ち上がった拍子に、
弟子のシロナガスが水面からジャンプ。
凝視した先生はあまりの大きさに
一瞬般若の形相になったが、何とか気を取り直し。
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小林 |
「あそこにいるヤツの頭の上に、
木の葉が舞っとるやないか。
頭の真ん中から風を吹かせとるに違いない!」 |
先生が話し終えるかどうかのタイミングで、
木陰から男が飛び出し、
なれなれしく話しかけてきた。
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教官 |
「しっけいしっけい。
この谷一帯は修行の場になっているのです。
私はその教官であります」 |
北小岩 |
「話が飲め込めません。
いったい何の修行なのでしょうか」 |
教官 |
「一言で言うと、
身体言語を体現するために
鍛え上げているのです。
身体言語とは、私の解釈では体の部位、
及び性格、人格などを用い、
表現された言葉です。
それを身を持って実践するのです」 |
北小岩 |
「なぜあの方は頭から風を?」 |
教官 |
「彼は先頃、
『つむじ風』をマスターしたのですな。
超優秀者です。
滝にうたれながらつむじに全神経を集中させ、
ついに風を出せるようになりました」
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北小岩 |
「大したものです。
つむじからあれだけの強風を吹かせるなんて、
並の人間にできることではございません。
あちらに生真面目過ぎるお顔で
直立不動の方がいらっしゃいますが」 |
教官 |
「いいところに気がつきました。
近づくのは危険ですよ。
彼こそ真面目中の真面目、『糞真面目』です。
石部金吉な上に、
実際に糞をつけて歩いているのですから
手に負えません。
彼と『糞度胸』の持ち主は、無敵ですね」 |
小林 |
「腹筋を鍛え上げているヤツもいるようやな」 |
教官 |
「『腹が立つ』を体現しようとしています。
しかし、まだまだ修行不足で
腹を立てることができずに、
あそこがたってしまいます」 |
北小岩 |
「あはははは。
あの二人は何ですか?
一人がワキの下を見せて、
一人が膝を動かし続けておりますが」 |
教官 |
「ワキの下の男は、
『わきが甘い』の習得を目指しています。
ワキの下から甘い汁をだそうと必死です。
熊がハチミツと間違えて
舐めに来れば合格ですね。
膝の男は『ひざが笑う』。
関節から笑い声のような音を出せれば
マスターです」 |
北小岩 |
「お尻を浮かせている女性がおりますが」 |
教官 |
「『尻軽女』ですね。
屁のかわりにお尻の中にヘリウムガスをため、
宙に浮かせる訓練です」
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小林 |
「あそこの女は、
全裸で足を開きひなたぼっこを
しているだけのようやが」 |
教官 |
「もちろん陽にあたっているだけでは
ありません。
あれでも立派な身体言語です」 |
北小岩 |
「もしや」 |
教官 |
「そうです」 |
小林 |
「『おめこぼし』か‥‥」 |
今日も谷では、言葉を己の血肉とするために
過酷な修行が続けられている。
みなさまがもし連休中、
清流そばの露天風呂に出かけられましたら、
注意深く観察してみてくださいね。
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