小林 |
「近頃なんかうまいもん食ったか」 |
北小岩 |
「そうでございますね。
パンの耳を干して、
砂糖を振りかけたものが、
一番美味でございました」 |
小林 |
「それはそれでうまそうな気もするが、
時にはもうちっと贅沢した方が
いいかもしれんな」 |
北小岩 |
「しかし、
小林家はとことんつましく暮らすのが
モットーではございませんか」 |
小林 |
「それにも限度があるっちゅうもんや。
実は希少価値のあるエロ本を
数冊古本屋に持っていったら、
結構いい額になった。
お前も弟子としてようがんばっとる。
たまには寿司でも食いに行こうやないか」 |
何年間も高級なものを食べていない弟子の目は、
瞬時に澄み切った水をたたえた。
二人は駅の反対側にある寿司屋に向かった。
|
小林 |
「この店は俺も初めてなんやが、
近所の旦那衆からは
とても評判がええんや。
期待できるで」 |
二人は胸をはって暖簾をくぐる。
「いらっしゃませ。
ようこそ、江ろ前・珍寿司へ」
セクシーなハッピを着た女性店員が迎えてくれる。
「こちらへどうぞ」
案内にしたがい、店の奥に入ると。
「私は寿司鑑定人の『にぎりムラサキ』と申します」
|
北小岩 |
「自分のお店のお寿司を
鑑定するのでございますか」 |
にぎり
ムラサキ |
「違います。
私が殿方のそこをにぎり、
大きさや硬さ、形状などから、
一貫一貫注文していくのです」 |
北小岩 |
「なんと!」 |
にぎり
ムラサキ |
「初めての方には、
わかりづらいですよね。
ちょうどよかった。
常連のKさんがいらっしゃったので、
見ていてください」 |
Kさんは腰を前に突き出すと、
ムラサキの手が股間に伸びた。
左手ですくいあげるようにその部分を支え、
右手の人差し指と中指をぴんとさせると、
ギュッと力を込めてにぎった。
|
にぎり
ムラサキ |
「特上の太巻きひとつ!
しゃりは硬めに」
|
寿司職人 |
「がってんだ!!」 |
職人さんの景気のいい声が響く。
Kさんは、ありがとうと言って微笑むと
カウンター席に腰をおろした。
|
にぎり
ムラサキ |
「次はYさんね。
え〜、ギョクを二つ。
爆弾サイズで。
それからガリを高くして」 |
寿司職人 |
「がってんだ!!」 |
小林 |
「なるほどな。
よ〜し、次は俺の番や。
シャリがこちんこちんの
特大クロマグロを注文されることは、
間違いないやろな」 |
ムラサキの手が股間に触れると、
みるみる顔が曇っていった。
|
にぎり
ムラサキ |
「細巻きをさらに細くして。
それから、中のかんぴょうを抜いて
わさびをたっぷり入れて。
シャリは水を含ませふにゃふにゃに。
あがりもお持ちして」 |
寿司職人 |
「がってんだ!!」
|
憮然とした表情で席に付いた小林先生。
次に鑑定してもらった弟子の長大軍艦巻きを取り上げると、
しゃくりあげながら頬ばるのであった。
|