KOBAYASHI
小林秀雄、あはれといふこと。

しみじみとした趣に満ちた言葉の国日本。
そんな国のいとおもしろき言の葉を一つ一つ採取し、
深く味わい尽くしていく。
それがこの項の主な趣向である。



其の弐百八・・・電線

「イカ、イカ、あがれでございま〜す!」

訳のわからないセリフを、青空に向けてはき散らす男。
誰かと思えば、弟子の北小岩くんだった。
珍しく真剣な顔つきで、凧揚げしているようである。

北小岩 「お正月は残念でございました。
 来年こそ・・・」

弟子の住んでいる町では、
毎年元旦に凧揚げ大会が催される。
今年、北小岩くんのイカ型のたこは、
惜しくも2位に甘んじてしまった。
イカ臭い匂いまでつけて望んだのだが、力及ばず。
来年こそはと一念勃起、いや、一念発起し、
今から練習に励んでいるのだ。

びゅびゅんばぼ〜〜ん。

北小岩 「突風でございます。
 いけません、
 電線に引っかかってしまいました!
 どういたしましょうか。
 むっ?」

「これこれ。
 凧糸をすぐに放しなさい。
 電力会社に電話して、とりのぞいてもらうこと。
 自分でとろうとして、
 感電したら大変ですよ〜〜〜」

突如現れた男が、的確に指示を与えた。

北小岩 「あなたは
 電線の生まれ変わりと言われている、
 人呼んで電線さんでございますね」
電線さん 「そうです」

北小岩 「電力会社にはすぐに連絡いたします。
 わたくしのイカたこのせいで、
 様々な方にご迷惑をおかけし、
 申し訳ない気持ちでいっぱいです。
 それにしても不思議なのですが、
 電線に引っ掛けてしまった瞬間に、
 糸を通じて
 人の気持ちのようなものを
 感じたのですが」
電線さん 「あなたは昼行灯のように見えますが、
 いささか鋭さもあるようです。
 実はですね、
 近頃電線に
 人の心が流れているのですよ」
北小岩 「なんと!」
電線さん 「もともと、
 心というのは
 とても寂しがり屋さんで、
 誰かのもとに行き、
 何かを伝えたくて
 仕方のないものなんです。
 心はある日、
 電線を通れば
 日本中の誰かのところへ、
 苦労せずに凄まじいスピードで
 行けることに気づいたのです」
北小岩 「なるほど」
電線さん 「電線には、
 弱い心、強い心、かわいい心、
 いやしい心など、
 様々な心が流れています。
 中でも、
 弱い心が一番通りやすいようです。
 しかし、途中でほとんどが
 失われてしまいます。
 線にハトが止まって、
 足の部分から
 先に進めなくなってしまうことも
 あります。とはいえ、
 まれに遠くと遠くの男女の心が
 結びつくこともあるのです」
北小岩 「とてもロマンチックですね。
 あっ、
 今電線が微かに、
 いやらしい光を発しました。
 あれは小林先生の心に
 違いございません」
電線さん 「なぜわかるのですか」
北小岩 「わたくし、先生とは以心伝心。
 悲しい時も辛い時も苦しい時も
 いやになる時もなさけない時も
 やるせない時も、
 一緒に過ごしてまいりました。
 多分、今電線を流れていった心は、
 『なんで俺は生まれてから一度も
  モテたことがないんや。
  死ぬ前に一度ぐらい、
  いい思いをさせておくれ〜〜〜!』
 と女性にアピールしようとしているに
 違いありません」
電線さん 「ほほう。
 ありゃ?
 先生の心が
 電信柱のところで曲がって
 急降下していきますね」
北小岩 「あっ!」

その時、電信柱に黒い大型犬が数匹近づき、
いっせいに小便をかけ始めた。

北小岩 「心が・・・
 流されていく・・・」


女性の心に届く前に、
小便であとかたもなく消されてしまった先生の心。
弱いと言う点では人後に落ちないので、
まかり間違って、ということもないとは限らない。
犬小便の大手柄というべきであろう。

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2008-09-28-SUN

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