「イカ、イカ、あがれでございま〜す!」
訳のわからないセリフを、青空に向けてはき散らす男。
誰かと思えば、弟子の北小岩くんだった。
珍しく真剣な顔つきで、凧揚げしているようである。
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北小岩 |
「お正月は残念でございました。
来年こそ・・・」 |
弟子の住んでいる町では、
毎年元旦に凧揚げ大会が催される。
今年、北小岩くんのイカ型のたこは、
惜しくも2位に甘んじてしまった。
イカ臭い匂いまでつけて望んだのだが、力及ばず。
来年こそはと一念勃起、いや、一念発起し、
今から練習に励んでいるのだ。
びゅびゅんばぼ〜〜ん。
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北小岩 |
「突風でございます。
いけません、
電線に引っかかってしまいました!
どういたしましょうか。
むっ?」 |
「これこれ。
凧糸をすぐに放しなさい。
電力会社に電話して、とりのぞいてもらうこと。
自分でとろうとして、
感電したら大変ですよ〜〜〜」
突如現れた男が、的確に指示を与えた。
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北小岩 |
「あなたは
電線の生まれ変わりと言われている、
人呼んで電線さんでございますね」 |
電線さん |
「そうです」
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北小岩 |
「電力会社にはすぐに連絡いたします。
わたくしのイカたこのせいで、
様々な方にご迷惑をおかけし、
申し訳ない気持ちでいっぱいです。
それにしても不思議なのですが、
電線に引っ掛けてしまった瞬間に、
糸を通じて
人の気持ちのようなものを
感じたのですが」 |
電線さん |
「あなたは昼行灯のように見えますが、
いささか鋭さもあるようです。
実はですね、
近頃電線に
人の心が流れているのですよ」 |
北小岩 |
「なんと!」 |
電線さん |
「もともと、
心というのは
とても寂しがり屋さんで、
誰かのもとに行き、
何かを伝えたくて
仕方のないものなんです。
心はある日、
電線を通れば
日本中の誰かのところへ、
苦労せずに凄まじいスピードで
行けることに気づいたのです」 |
北小岩 |
「なるほど」 |
電線さん |
「電線には、
弱い心、強い心、かわいい心、
いやしい心など、
様々な心が流れています。
中でも、
弱い心が一番通りやすいようです。
しかし、途中でほとんどが
失われてしまいます。
線にハトが止まって、
足の部分から
先に進めなくなってしまうことも
あります。とはいえ、
まれに遠くと遠くの男女の心が
結びつくこともあるのです」 |
北小岩 |
「とてもロマンチックですね。
あっ、
今電線が微かに、
いやらしい光を発しました。
あれは小林先生の心に
違いございません」 |
電線さん |
「なぜわかるのですか」 |
北小岩 |
「わたくし、先生とは以心伝心。
悲しい時も辛い時も苦しい時も
いやになる時もなさけない時も
やるせない時も、
一緒に過ごしてまいりました。
多分、今電線を流れていった心は、
『なんで俺は生まれてから一度も
モテたことがないんや。
死ぬ前に一度ぐらい、
いい思いをさせておくれ〜〜〜!』
と女性にアピールしようとしているに
違いありません」 |
電線さん |
「ほほう。
ありゃ?
先生の心が
電信柱のところで曲がって
急降下していきますね」 |
北小岩 |
「あっ!」 |
その時、電信柱に黒い大型犬が数匹近づき、
いっせいに小便をかけ始めた。
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北小岩 |
「心が・・・
流されていく・・・」
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女性の心に届く前に、
小便であとかたもなく消されてしまった先生の心。
弱いと言う点では人後に落ちないので、
まかり間違って、ということもないとは限らない。
犬小便の大手柄というべきであろう。
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