「あっ、レッサーパンダのようなお顔をした、
かわいいワンちゃんがいらっしゃいます」
「おっ、こちらに向かってくるな」
破れかけた服を何枚も重ね着し、
運動不足解消のために町をぶらつく先生と弟子。
かわいいもの好きの二人が目にした犬は、
季節よりも一足早いタンクトップで
カラダの線を強調した女性に、リードを引かれていた。
|
小林 |
「北小岩のところに行くのかと思ったら、
背中を弓なりにし、ふんばりだしたわ。
お前のことを、便所だと思ったんやな」 |
先生の方がよっぽど便所らしいと思うのだが。
|
北小岩 |
「飼い主の方、
変わったネックレスを
していらっしゃいますね」 |
小林 |
「ほんとうや」 |
土佐犬の首輪を思わせる太いネックレスに、
トイレットペーパーを通しているのだ。
金具も装備され、カットできるようになっている。
女性は首に位置するペーパーをからからと引き出し、
糞を包むと、素早くビニール袋に入れた。
|
北小岩 |
「こんにちは。
突然で大変失礼と存じますが、
わたくしそのようなネックレスを見るのは
初めてでございます」 |
ネックレス
女性 |
「ああ、これね。
これからは、今までみたいな好景気は
なかなか望めないじゃない。
だから、
ネックレスも装飾だけじゃなくて、
実用を兼ねなければダメだと思うのよ。
女の子の間じゃ、
それが常識になりつつあるわ」 |
北小岩 |
「そうでございましたか。
まったく想像もしたことが
ございませんでした。
貴重な情報を、
ありがとうございました」
|
小林 |
「う〜む、
時代の変わり目を感じるな」 |
再び二人が呆けた顔で歩き始めると、
宅配便屋さんがハイツ『股ぐら』の
一番手前のドアをたたいていた。
|
宅配
にいさん |
「こんにちは。宅配便です!」 |
ガチャ。
|
ハイヒール
女性 |
「ちょうど今でかけようとして、
ハイヒールをはいたところだったのよ」 |
宅配
にいさん |
「そうですか。
ちょうどよかったです。
ここに受け取りのサインを
いただけますか」 |
ハイヒール
女性 |
「ちょっと待って」 |
女性は用紙を手に取り下に置くと、
ヒールの先に朱肉をつけ紙を踏んづけた。
|
宅配
にいさん |
「何をなさるんですか!」 |
ハイヒール
女性 |
「何って?
印鑑を押しているに決まってるじゃない。
このハイヒールの先端は、
印鑑になっているのよ」 |
押印された紙を手にしたにいさんは。
|
宅配
にいさん |
「あっ、ほんとうだ!」
|
ハイヒール
女性 |
「これからは、ヒールといえども
カッコだけじゃダメなの。
実用の時代よ。
特に私はサドっけがあるから、
踏みつけて押せるのが気持ちいいのよ」 |
北小岩 |
「確かに女性の世界では、
実用が当たり前になって
きているようでございますね」 |
今までは装飾としてが主だったネックレスが、
必要な時にすぐ使える
トイレットペーパーホルダーの要素を兼ね、
ハイヒールが判子としての機能を
兼ねるようになっている。
これから様々なものに、その傾向は広がると思われるが、
そうではない気もする。
|