庭の片隅に、やさ男が一人。
|
北小岩 |
「それだけの実力をお持ちなのに、
土の中にお隠れなのでございますね」 |
不肖の弟子が、おもちゃのシャベルを片手に、
ひとりごちていた。
ズームしてみる。
土を掘り返し何かに話しかけているようだ。
|
北小岩 |
「あなたは男子がおしっこを引っ掛けると、
大事なところを腫らすという
伝説をお持ちですね。
わたくしには
そのような力はございません。
わたくしには何の力も
ないのでございます・・・」 |
ミミズに最敬礼したまま動かない。
|
小林 |
「そんなところで何しとるんや?
糞でももらしたんかい」 |
先生のセリフは、肩を落としている人にも、
幸せの絶頂にある人にも、ある意味平等である。
|
北小岩 |
「あっ、先生。
実は・・・。
わたくしなどこの世に存在しても
何の意味もなく、
このまま漠然と生きながらえても
仕方ないのではないかと。
いっそのこと、この世から
消えてしまった方が
よいのではないかと・・・」 |
小林 |
「そういう気分の時は誰にでもある。
しゃない、あれをやるかな。
北小岩、裏庭の蔵に
木魚があるからとってきてくれんか」 |
北小岩 |
「はい」 |
と答えたものの、果たして蔵に木魚などあったか。
|
北小岩 |
「ふう。
物凄い埃でございます。
むっ、これは!」 |
カリの高い細長いリンの左右に、
金玉型の木魚がついている。
どうみても、ちんぽにしか見えない。
これぞ小林家に先祖代々伝わる金玉木魚。
|
北小岩 |
「先生、これのことでしょうか」
|
小林 |
「そうや。
お前、白いパジャマに着替えろ。
そして布団を敷いて胸の前で手を組み、
目をつぶって寝てみい」 |
北小岩 |
「はい。
何だか自分が屍になったような
気がいたします」 |
小林 |
「それじゃあ始めるで」 |
ポコポコチーン。ポコポコチーン。
先生が木魚とリンをたたき、
寂しげな声でつぶやいた。
|
小林 |
「今は亡き北小岩。
お前がつけあがるといかんと思い、
今まで黙っとった。
街角のファッションビルの
エステ店長の香織さん。
グラビアアイドル顔負けの
ぱっつんぱっつん女性や。
実は彼女がお前をえらく気に入っててな。
身も心もささげてもいいとまで
言っとったんや」 |
北小岩
くんの心 |
「(心だけでなく身も!!!!!!)」 |
ポコポコチーン。ポコポコチーン。
|
小林 |
「今は亡き北小岩。
俺はずっとお前に厳しくあたっていたが、
本当は目の中に入れても痛くないほど
かわいく思っていたんや。
俺の僅かな収入の中から、
お前が少しでも質のいいエロ本を
買えるように、へそくりを溜めていた。
便所の木製の金隠し。
あそこの中に
金(かね)も隠しとったんやな」
|
どうやら先生は、北小岩くんが死んでしまったこととし、
今まで言いそびれてしまったことや
気恥ずかしくて口に出せなかった思いなどを、
このシチュエーションを借りて、
素直に伝えようとしているらしい。
ポコポコチーン。ポコポコチーン。
|
小林 |
「今は亡き北小岩。
お前はよっちゃんイカが
何より好きだった。
俺は7000時間かけて
町のすべての道を歩き、
ついによっちゃんイカを
2割引で売ってる店を見つけたんや。
お前が喜ぶ顔が見たくてな」 |
ポコポコチーン。ポコポコチーン。
|
小林 |
「今は亡き北小岩。」 |
北小岩 |
「せっ、先生!
わっ、わたくしは
これからも生き続け・・・。
ううう」 |
布団から飛び出した北小岩くんの目からは、
熱いものが溢れていた。先生は静かにうなずいた。
誰にでも、心がくじけ、
自分などこの世にいない方がいいと
深刻になってしまうことはある。
金玉木魚をたたきながら、
まわりの人たちがどれだけその人を
大切に思っているか飾らずに伝えること。
それはひとつの励ましになるかもしれない。
|