KOBAYASHI
小林秀雄、あはれといふこと。

しみじみとした趣に満ちた言葉の国日本。
そんな国のいとおもしろき言の葉を一つ一つ採取し、
深く味わい尽くしていく。
それがこの項の主な趣向である。



其の弐百四拾・・・ライトアップ

「ぶるぶるぶる。
 夜の便所は、大人になっても大の苦手でございます」

人並みはずれた怖がり人間の北小岩くん。
夜中に大の便意を催してしまった。
どうしても行きたくなかったので、
肛門にガムテープを貼ってみたのだが、
無駄な抵抗だった。
ついに便所に駆け込み。

「こっ、こわっ〜。
 んっ、そうです!
 何かいやらしいことを考えればよいのです。
 そうすれば怖さなんて吹き飛びます。
 さて、何を妄想いたしましょうか。
 ふむふむ」

便所の下に小窓がある。
その窓を開けると向こうで小股の切れまくった美女が、
ローションのお風呂でみだらに入浴している。
そんな場面を無理やり想像しようとした。

「う〜む。
 なかなかうまくいきません。
 もう少し窓に顔を近づけてみれば・・・」

その時だった。

「電報で〜す!」

「うわ〜っ!」

びっくらこいた北小岩くんは、
用を足す姿勢のまま後ろにひっくり返ってしまった。

「まさかこんな夜更けに、
 それも厠の小窓から電報が届くとは
 思いもよりませんでした。
 何でございましょう」

うす暗い便所の中で、
蛍光塗料で書かれた文字が光った。
 
『今、隣町でライトアップをしています。
 ぜひ来てね。
 でも、いやらしい人は、
 絶対に連れて来ないでくださいね』

「これを書いたのは、女性に違いありません。
 ぜひ、訪れてみましょう。
 小林先生は、連れて行ってはいけないようですね」

弟子は師を起こさぬよう、そっと玄関を出た。

「それにしても、
 いったい何をライトアップしているので
 ございましょうか」

気がかりなまま、隣町に急行すると。

「あっ、向こうから来る女性は、
 乳首だけをライトアップしております!」

かわいらしい蕾のようなやわらかな突起は、
北小岩くんをゆりかごで揺られている気分にさせた。

「あの女性は、
 唇だけにライトを当てているのですね」

わずかに開き、艶やかに光る薄い唇に
思わず引き込まれる。

すると突然、後ろから肩をたたかれた。

透ける
ピンクの服を
まとった女性
「あなたは北小岩さんですね」
北小岩 「はい、そうです」
透ける
ピンクの服を
まとった女性
「今宵はこの町にとって、
 年に一度の特別な日。
 それぞれの女性が、
 自分の体の中で一番好きな部分を
 ライトアップして歩く日なのです」
北小岩 「そうなのですか」

横切っていった女性は、股間を照らしている。
だが、いやらしさは微塵もない。
凛とした佇まいに、
北小岩くんは思わず最敬礼をした。

北小岩 「耳たぶを光らせている方も、
 お尻の穴を光らせている方も
 いらっしゃいます。
 しかし、どの方のどの部分も、
 一様に優美ですね」

透ける
ピンクの服を
まとった女性
「そうなのです。
 うなじも、指先も、瞳も、陰毛も、
 くるぶしも、おへそも、わきの下も、
 すべて美しさをたたえているのです。
 しかし、あなたのところにいる、
 邪心の塊のような
 先生と呼ばれている男などには、
 女性の持つ部分部分の、
 細部に宿る美しさは
 伝わらないでしょう。
 ですから私たちは、
 あなただけを招待したのです。
 いかがですか、北小岩さんも」
北小岩 「はっ、はい」

ピュアな心を持った弟子が照らしたところは、
予想通りだった。
そのご立派を目にした女性たちの頬に、
ぽっとあかりが灯った。

年に一度、女性がライトアップする夜。
北小岩くんにとっては、夢見心地の時間であった。
だが、これが結局何を物語っているのかは、
よくわからない。

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2009-05-10-SUN

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