「え〜と。
○○町69−108。ここかな」
セールスマンらしき男が一人、
目的の家をさがして歩いている。
「♪ こんにちワワワワ〜」
クールファイブのコーラスのように、
語尾を伸ばす。
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北小岩 |
「♪ ハハハハ〜イイイイ〜」 |
意味もなく、返事に節をつけて応対したのは、
弟子の北小岩くんであった。
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北小岩 |
「何か御用でございますか」 |
「69番108号は、ここですか」
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北小岩 |
「確かにここですが、
ここではない気がいたします」 |
何せ男は、背中に怪しげなのぼりをたてている。
「割れ目沢(われめざわ)さんのお宅では
ないのですか」
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北小岩 |
「割れ目沢さんの家は、
向こう正面でございます。
住所に聞き違えがあったのでしょう」 |
小林 |
「なんや? 客人か。
むっ!」 |
先生が身構えたのも無理はない。
セールスマンの巨大なのぼりには、
『不便屋』と大書されているのだ。
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小林 |
「便利屋はいっときよく聞いたが、
不便屋というのはなんや?」 |
不便屋 |
「近頃世の中が、便利になりすぎまして。
やはりどこかに不便なところを
残しとかないと、
ためにならないのではないかと。
そういった強い思いで
事業を立ち上げたところ、
贔屓もでてきまして」 |
北小岩 |
「どのようなことをされるのですか」 |
不便屋 |
「例えばお尻の割れ目の内側に、
超強力マジックテープを
複数取り付けまして、
便をする時には、
それをいちいちビリッとはがさなければ
できないようにしたり」
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北小岩 |
「・・・」 |
不便屋 |
「傘の生地を金魚すくいの紙にしたり、
トイレットペーパーをラップのように
引っ張りづらくしたり、
パンツの足が出る部分をいくつもつくり、
2つ以外は足を出せないようにしたり。
そうだ、あなたのお宅もどうですか?
今ならキャンペーン期間で、
無料でお試しいただけますよ」 |
小林 |
「これも何かの縁や。
やってもらおうか」 |
不便屋は家に上がりこむと、
一目散にトイレに向かった。
ほんの三分間。
彼はトイレの鍵部分に、何らかの細工を施した。
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小林 |
「不便といわれると、
便が出たくなるのが心情や。
さっそくいってみるわ」 |
トイレの前に立った先生の顔がこわばった。
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不便屋 |
「いつでも出したい時にドアが開くなんて、
便利すぎます。
わたくしどものところでは、
このようにトイレの鍵と
ルーレットを連動させ、
100回に1回の割合でしか
鍵が開かないようにするのです」
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先生は真剣な面持ちになり、
ルーレットをやり始めた。
だが、何度やっても当たらない。
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小林 |
「やばい。
便がこんにちは状態や。
はよう開錠せんか!」 |
不便屋 |
「無理です。
一度設置すると、
もう後には戻れません」 |
小林 |
「うっ!」 |
先生はお尻を押さえたまま、
その場にへたり込んだ。
どのような結果を招いてしまったかは、
印すまでもない。
便利すぎる世の中を是正すべく生まれた不便屋。
必要なような、不要なような。
微妙な存在であることは、間違いない。
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