「トンボでございます」
か細い枯れ枝に止まった複眼に、
尋常でない速度で指を回転させながら近づくのは、
弟子の北小岩くんであった。
「大回転に強いトンボさんなのでしょうか」
数分間全力で回し続け、勝負はついた。
「頭がくらくらしますでございます〜」
誰にも同情されることのないなさけない声で、
その場にへたり込んだ。
「何しとるんや。
ふにゃふにゃせんと、あそこを見てみい」
突然現れた大馬鹿先生の指差す方を凝視すると、
見慣れない立て看板があり、人だかりしていた。
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北小岩 |
「町長さんからのお達しでございます」 |
小林 |
「『俺は町の予算のほとんどをつぎ込み、
いたるところに水道を作ったのさ。
水道はその時々で出るものが違うんだよ』。
なんのこっちゃ?」 |
北小岩 |
「どうやら町長さんは、
水道で勝負に出たようですね」 |
なぜ今、
この町が水道で勝負しなければならないのか。
それは誰にもわからない。
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北小岩 |
「蛇口をひねるとジュースが出てくる。
それはわたくしの幼き頃の
夢でございました。
もしかすると」 |
水道に近づき、力を込めて。 |
北小岩 |
「あっ、カルピスでございます!」 |
小林 |
「ほう。
町長のヤツ、粋なことをしてくれるわ」 |
数十メートル離れた水道に、
陸上部長距離の練習を終え、
砂漠のようなノドでたどり着いた部員たちがいた。
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部員A |
「ああ、水水水水。
もう、乾きすぎて死んじゃいそうだ」 |
部員B |
「早くしろよ!」 |
ところが管から出てきたものは。
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部員A |
「なんじゃこりゃ?
んっ、パンティーだ。
それも使用済みだ!
でっ、でも」
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普段ならお宝発見と喜び勇んだのであろうが、
体が危機的状況にある時に必要なものは、
パンティーではなく水であることを知った。
そこから数キロ離れた場所では小火(ぼや)があり。
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バケツを
持った男 |
「俺も火消しに加勢するぜ!」 |
ひねれどもひねれども放出されるものは、
臭い屁であった。
男は己の無力を悟った。
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「キャーッ!」
どこからか、うら若き女性の悲鳴が。
管に唇を吸われて取れなくなったのだ。
蛇口をひねると何かが出てくると考えるのは軽率だ。
このように、吸われてしまうこともある。
他の場所では
目を近づけると望遠鏡のようになり女
湯が見られたり、
電話としてしゃべれるものもあった。
普段何気なく接している蛇口。
ひねれば水が出るという固定観念がある。
しかし、意外なものが噴出したり、
吸われる、見られる、しゃべれるなど、
様々な現象が起こりうるのだ。
町長は町の予算を使いきり、
それを知らしめたかったか。
それは誰にもわからない。
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