ぷ〜。
どこかから屁の音がする。
そっとのぞいてみる。
小林先生宅の縁側のあたり。
座禅を組んだ男が二人。
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小林 |
「何やこの派手すぎる匂いは。
北小岩、お前、
実まで出したんやないのか!」 |
北小岩 |
「申しわけございません。
わたくし、先生の
『屁はすれど実は出すな』の教えを
遵守してまいりましたが、
不覚をとったのかもしれません」 |
小林 |
「座禅の型だけは、
鎌倉の大仏様のように立派なんやが」 |
北小岩 |
「大仏様にも、申しわけが立ちません」 |
小林 |
「しゃあないわ。
鎌倉まで行って、拝んでくるか」 |
相も変わらず、会話には意味がない。
ともかく二人は、鎌倉に向かうことにした。
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小林 |
「さすがに歩いていくのは無理やな。
寒くて耳が霜焼けになってしまうわ」 |
北小岩 |
「そうでございますね」 |
師弟は阿呆面をさげながら、電車を待つ。
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北小岩 |
「改めて観察いたしますと、
いろいろな方がいらっしゃいますね。
あそこの方は、
何をしているのでございますか」 |
背広を着て、頭をポマードでてからせた男が、
長い雨傘で架空のボールを打つポーズをとっている。
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小林 |
「ほほう。
バブルの頃はよく見かけたが、
まだおったんやな。
彼はな、ゴルフのパターの練習をしとるんや」 |
北小岩 |
「どれほどの効果があるのかは疑問ですが、
随分練習熱心なのでございますね」 |
小林 |
「向こうでは遠投をしているヤツがおる」 |
50メートルほど離れたホームにいる友だちめがけて、
シャドーピッチングのように
空気のボールを投げている。
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北小岩 |
「日本人は、ひと時も無駄にしないほど、
スポーツが大好きな国民なので
ございましょうか。
むっ、あの動きは?
どんなスポーツなのか、見当もつきません」 |
小林 |
「よ〜く見てみい。
あれはスポーツやない。
お前が最も得意とするものや」
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北小岩 |
「あっ、あれはオナ・・・」 |
小林 |
「公衆の面前や。
みなまで言うな。
お前のような大ベテランと違って、
まだ覚えたてほやほやから、
練習が必要なんやろ」 |
男子中学生が右手の指で輪っかをつくり、
何度も何度も上下させているのだ。
諸説あるが、その行為は100mを全力疾走した運動量に
匹敵するともいわれている。
ある意味スポーツというべきか。
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北小岩 |
「6番ホームと9番ホームでは、
腰を前後にカクカク動かしたり、
グラインドさせている男がおります」 |
小林 |
「本番に向けての練習やな」
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されど、不埒な男たちは
あまりに生々しい動きを長時間続けすぎた。
そのため女性から駅員に通報され、
退場をよぎなくされた。後に現れた、
駅弁売りのケースを持っているかの体勢で、
ヒンズースクワット気味に動き
両腕を上下させていた輩も、
同様に退場となった。
ホームは、男たちにとっての、
スポーツの練習場となっている。
しかし、度を超した練習は危険であるし、迷惑でもある。
ぜひ、節度を持っていただきたい。
なお、二人が鎌倉の大仏様のもとまで
たどり着けたかどうかは、わかりません。
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