どうでもよい友、近方より来る。
名字は御苦労。
額には、深く刻まれた皺三本。
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北小岩 |
「御苦労さんは、
人の三倍
苦労してらっしゃいますからね」 |
御苦労 |
「いや、
俺はべつに
苦労だと思ったことはないよ」 |
小林 |
「お前が苦労と思わんでも、
人には苦労にうつるわ。
落ちていた大量のエロ本を欲張って
担ぎすぎ肩を脱臼。
女風呂をのぞこうとして涎を流し、
地面に落ちたそれを踏んで
ガラスに頭から突っ込み、
数十針縫う大怪我」 |
御苦労 |
「だからね、
俺にとってそういうことは
苦労ではないんだよ」 |
確かに苦労という言葉は、
まったく当てはまらないであろう。
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御苦労 |
「それより、
いささか困ったことがあるんだ」 |
北小岩 |
「おでこの皺のことでございますか」 |
御苦労 |
「そうなんだよ」 |
小林 |
「この冬の寒さで、
アカギレでもできたんか。
血が出たら、
ナプキンでもつけとかんかい。
多い日も御安心や」 |
この男に有意義な返答を期待するだけ無駄である。
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御苦労 |
「そうじゃないんだ。
実はな、俺の皺が深いのをいいことに、
眠っている間に
利用している奴等がいるんだよ」 |
北小岩 |
「これは冗談でございますが、
とっても小さな人たちが
ポンプで水を引いて、
三本ある皺を三コースに見立てて、
漕ぎ舟でレースを
しているのではないですか」 |
御苦労 |
「そうなんだよ」 |
北小岩 |
「なんと!」 |
御苦労 |
「世の中には、
身長が0.1ミリぐらいの奴等が、
結構いるんだよな。
そいつらの中から
漕ぎ自慢の猛者が名乗り出て、
レースをするんだよ。
観客も千人単位で集まって、
大歓声をあげるからうるさくて。
おまけに、金を賭けてるらしいんだ」 |
小林 |
「ほほう」 |
御苦労 |
「鏡を使って見たら、
おでこに公営ギャンブル会場って
書いてあった。
俺の皺は会場かい」 |
北小岩 |
「ははははは」 |
ギョロッ!
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北小岩 |
「もっ、申し訳ございません」
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御苦労 |
「まあ、ショバ代ぐらい
よこせっていうんだよな。
それはいいとして、
レースのない時には
若いカップルが行水に来て、
中で乳繰り合ってるんだよ」 |
北小岩 |
「見ていると興奮したりしますか」 |
御苦労 |
「馬鹿にすんなよ。
でもな、男の悲しい性で、
思わず鎌首をもたげそうになることが
あるんだな」 |
小林 |
「しょうもねえやっちゃな」 |
御苦労 |
「それはともかく、
クソガキどもが、
文字通りクソをひってくことがあってな。
朝起きるとおでこが
寝糞を漏らしたようで、
気持ちわりいんだよ」 |
北小岩 |
「ははははは」 |
ギョロッ!
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北小岩 |
「もっ、申し訳ございません」
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齢を重ね、様々な体験を積み、
深くなっていくおでこの皺。
しかし、そんな記念碑のような場所で、
極端に小さき者たちに、
レースをされたり乳繰り合ったりされる。
それもまた、
男の人生の1ページなのかもしれませんね。
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