もぐもぐもぐ。
もぐもぐもぐもぐ。
「なんというコクでございましょうか!」
もぐもぐもぐ。
もぐもぐもぐもぐ。
「噛めば噛むほど、
心が10本足になってまいります」
大好物のよっちゃんイカを噛み噛みし、
訳のわからないことをのたまっているのは、
弟子の北小岩くんであった。
「これほど魅力的なイカ香りはないわな」
イカ臭さを漂わせつつ登場したのは、
小林先生であった。
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小林 |
「ところで、俺の分はどこや?」 |
北小岩 |
「はっ!
申し訳ございません。
つい勢いがついてしまい、
すべて食べてしまいました」 |
普段なら自分のことを棚の最上段にあげ、
弟子の不始末にお仕置きをせんばかりの
先生であったが、本日は妙に穏やかである。
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小林 |
「誰にでもあやまちはある」 |
余裕をかますのであった。
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北小岩 |
「よいことでもございましたか」 |
小林 |
「いやな、そこの電信柱に
ちらしが貼ってあるんやが、
町内会館で全国顔面大会が
開催されることになってな」 |
北小岩 |
「顔面大会?
恐ろしげな催しでございますね」 |
小林 |
「なに、簡単にいえば
にらめっこ大会みたいなもんやな。
顔面を駆使し、
先に笑ったほうが負けいうこっちゃ。
優勝すると、
よっちゃんイカを三年分もらえるんや」 |
北小岩 |
「凄いでございます!
勝算はあるのですか」 |
小林 |
「もちろんや。
この日のために、
並の男なら悶絶するほどの厳しい修行を
重ねてきた」 |
北小岩 |
「どのような大技を
身につけたのでございますか」 |
小林 |
「見て卒倒するんやないで!」 |
先生は鼻に神経を集中した。
ぴくんぴくん
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小林 |
「どや!」 |
鼻の穴が若干大きくなって戻って大きくなってが
繰り返されるだけであった。
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北小岩 |
「そんなことでございますか。
わたくし、小学校の頃より」 |
先生の様子を見ると、
般若の形相に変わりつつある。
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北小岩 |
「いえ、見事でございます!
そのようなことができるのは、
世界広しと言えども
先生をおいて他にありません。
相手はひとたまりもないでしょう」 |
威風堂々と会場に乗り込んだ。
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北小岩 |
「試合が始まっておりますね。
むっ!」 |
弟子の視線の先には、
毛髪が5ミリぐらいのいがぐりおやじが。
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北小岩 |
「頭の毛を自力で
出したりひっこめたりしております!」 |
おやじの毛髪は、5ミリの状態から0ミリ、
再び5ミリ、そして0ミリ。
つまりいがぐりとスキンヘッドが
交互に現れるように、
トリックを使わずに毛を出し入れしているのだ。
対戦相手はあまりの異様さにふきだしてしまった。
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小林 |
「あの程度なら、俺の方が上やな」 |
虚勢を張るのであるが。
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北小岩 |
「妙齢の女性も参加されてます。
ご覧ください!
女性の鼻の両穴から
みの虫が巣ごとおりてきて、
ぶらんぶらん揺れております」
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先生は足をつねって我慢しているのであったが、
無駄であった。
猛者たちを紹介すれば枚挙にいとまがない。
各自顔面で勝負しているとは言い難い面もあるが、
かなりの使い手であることだけは確かであろう。
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