KOBAYASHI
小林秀雄、あはれといふこと。

しみじみとした趣に満ちた言葉の国日本。
そんな国のいとおもしろき言の葉を一つ一つ採取し、
深く味わい尽くしていく。
それがこの項の主な趣向である。



其の参百六拾弐・・・蝉

ジージージー

「もう秋ですが、
 まだまだ蝉さんはがんばっているのでございますね」

ガッ

ヒューン

「おにちゃん、まただめだよ」
「ごめん」
「やだ〜。え〜ん!」

幼い兄弟の兄が蝉を捕ろうとして、しくじった。
見かねた北小岩くんは。

北小岩 「わたくしが、
 キャッチしてご覧にいれましょう」
「ほんと?」
北小岩 「わたくしも、幼少の頃は
 蝉とりの鬼と言われた男。
 いきますよ!」

ジージージー

ガッ

ヒューン

ジョー

北小岩 「うわ〜!
 蝉さんのおしっこが
 目に入ってしまいました!」
「あんた、
 ぼくのおにいちゃんよりカスだね」
小林 「おい、北小岩。
 お前なぜ蝉の小便を
 目薬のようにさしとるんや」

北小岩 「あっ、先生。
 そういうわけではないのですが、
 蝉をとらずに不覚をとりました」
小林 「己の実力通りにしか、
 結果はおとずれんということやな。
 蝉と言えば隣の隣町に、
 独特な種があると聞いておる。
 行ってみよか」

小さな兄弟の願いをかなえることもなく、
二人は隣の隣町に向かった。

チンチンツクツク エーンエン
チンチンツクツク エーンエン

北小岩 「今まで聴いたことのない
 蝉の鳴き声でございますね」
小林 「ここいらの蝉は20年蝉と言ってな、
 土の中に約20年いて、
 二十歳の誕生日を迎える一週間前に
 地上に出てくる。
 二十歳をこえて三日すると死んでしまう」
北小岩 「ということは」
小林 「そうや。
 二十歳になる前に童貞から脱皮できるか、
 過酷な勝負を繰り広げる蝉なんやな」
北小岩 「男の世界では、
 『やらはた』という
 恐ろしい言葉がございます。
 やらずの二十歳・・・。
 つまり童貞のまま
 二十歳を迎えてしまうことですね」
小林 「そうや。
 この町の男たちは、
 蝉が地中から出てくる時から観察し、
 もし、やらはたになってしまった
 蝉を見たら、罵声を浴びせ蔑むんや」
北小岩 「なんと非情なことでございましょう」
小林 「しかし、蝉を応援する男たちもおる。
 やらみそ・・・、
 つまりやらずの三十路を迎えた方々や。
 そこまでいくと、
 自分の事はさておき、
 蝉にお前だけはがんばれよ!
 と感情移入したくなるらしい」

その時だった。

やらみそ
の男A
「あっ、彼は
 あと三分でやらはたを迎えるぞ。
 でも、運よく迎え入れてくれる彼女に
 巡り合えた。やったな!」

チンチンツクツク ウハウハ
チンチンツクツク ウハウハ

やらみそ
の男B
「これで彼も大人の仲間入りだ。
 むっ、カラスが飛んできて、
 彼を食った!
 彼は結局、
 やらはたのまま
 生を終えてしまった・・・」

やらみその男たちは、目に涙を浮かべている。
蝉の世界にも『やらはた』はある。
そのことだけは、きちっと肝に銘じたい。

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2011-09-11-SUN

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