その拾弌・・・枯らす男
世の中には、絶対に敵に回しては
いけないタイプの男がいる。
やさしく見えるからといって、侮ってはならない。
例えばこんな男。
S木さん、48歳。
顔はマルクス兄弟のグルーチョ・マルクスそっくりだ。
巨根男優、故ジョン・ホームズさんにも似ている。
世田谷の高級住宅街に住み、
奥さんは赤坂のビルオーナー。
一見柔和な紳士である。
だが、この人を敵に回すと、
1年後に悪夢を見ることになる。
小林 「S木さん、気にいらない奴がいると、
まだあれやってるの?」
S木 「あれは昔の話だよ。だって、一番最近やったので、
もう2、3年前だよ」
2、3年前ならついこの間のことではないか。
S木さんは気にいらない奴がいると、
そいつの家の木に毎日小便をかけ続け、
ついには枯らしてしまうという
恐るべき執念の持ち主なのである。
小林 「何が気にいらなかったわけ?」
S木 「隣人のくせに顔を合わせても挨拶ひとつしない。
ゴミの出し方も悪い。ほんとに腹がたつ。
しばらくするとたまってくるんだよ。
俺、人間が内気なもんだから、
強気にはでられないんだ」
強気にでてもらったほうが、よっぽど幸せだ。
では、いったいどんな木を枯らすのだろう。
S木「大切にしている木だね。柿の木が多かった。
太さは腕ぐらいかな。幹が10センチぐらいなら、
1年で確実に枯らすことができる」
自信たっぷりに言い放つ。
S木 「小便を1年間、ズーーーッと、
ズーーーーーーーッと 同じ所にかけ続ける。
夜だね。
まっすぐ当てるとジャーッと音がするから、
木に沿ってナナメに当てるようにするんだ」
何か、怪談話を聞いてるような、怖い気分になってきた。
S木
「コーヒーポットに入れてかけるのも効果的だよ。
1日1回じゃダメ。毎日3、4回やるのがコツ」
そんなろくでもないことにも、やはりコツはあるのだ。
S木
「まず、周りに生えた雑草がだんだん枯れてくる。
成果が手に取るようにわかる。
次の年にはもう柿の新芽がでないんだよ。
それでおしまい。腐って枯れちゃうんだ」
庭の木にやられているうちはまだいい。
これを家の柱にでもやられたら、
白アリよりもよっぽどやっかいだ。
この人なら、30年くらいかけて
小便でコンクリートも溶かしてしまうだろう。
憎まれたら最後、
クルマも家も土地も確実に腐らされてしまうのだ。
小林
「それでどんな気分なの?」
S木
「勝ったと思うね。俺の勝ち」
そんなことでも、勝ちというのだろうか。
ところで、今までに何本の木が犠牲になったのか。
S木
「そんなにやってないよ。まだ、5、6回ぐらいかな」
5、6回もやればもう十分。うーむ、きっと他にも
絶対何かやったはずだ。
S木 「あまりいいたくないんだけど、
人の家に行って頭にきたから、
洗面台の流しに小便して帰ってきたことも
あったよ」
敵に回してはいけない男・・・・。
いや、敵に回していないだけで
安心してはいけない。
そうだ!イヤなことを思い出した!
以前、銭湯に行った時、
背中を流してくれるといったので
好意に甘えたのが悪かった。
「ボディ洗い!」と叫ぶ声が
聞こえたかと思ったら、
背中にぶにょぶにょの
ゾッとするような感触が走った。
見るとS木さんは自分の玉金に
たっぷりと石鹸を塗りたくり、
それで私の背中をぐにょぐにょと洗っていたのだ。
子供がかわいいおちんちんで
無邪気にやっているのではない。
その時すでにS木さんは40歳を超えていた。
分別のある大人でなければならない年齢だ。
それからしばらくの間、
私はエイリアンが背中にくっついて、
フナ虫のようにグルグル動き回っている悪夢にうなされた。
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