その拾弐・・・異種格闘技
「御免!」
胸板の厚いがっちりした体躯の男が、玄関に立っている。
「私は北小岩の父です。
いつも息子が大変お世話になっております」
弟子の北小岩くんの父が、岩手から挨拶に訪れたのである。
「よくいらっしゃいました。奥へどうぞ」
「ありがとうございます」
北小岩くんは今、修行の旅に出ていて不在である。
「先生のお話、いろいろとうかがっております。
日本文学史に残る立派な先生から教えをいただき、
息子も本当に幸せです。
今、書店で先生の作品を買わせていただきました。
『無常といふ事』、『考えるヒント』、
『本居宣長』・・・。
素晴らしき著作の数々。弟子の父親として、
誠に光栄の至りです」
「あのう、それは私の著作ではなくて・・・」
「なんでも、中原中也氏とも親しかったそうで」
「えっ、いえ、まあその・・・」
北小岩くんのお父さんは、完全に人違いしている。
「私は武道一筋に生きてまいりましたもので、
世間のことはよく知りません。
ですが武道なら空手、剣道、
柔道を始め、あらゆる道に精進してまいりました。
現在、計35段を修めております」
「それは立派なことです」
「ところで先生は、 武道の方は?」
「いえ、武道は小学生の時に
町内会で剣道を少し習っただけで。
そうですね、あまり自慢できませんが、
得意技は下ネタですかね」
「シモネタ? うーむ、聞きなれない名称ですね。
それはロシアの武道ですか?
どのような技を使うのですか?」
北小岩くんのお父さんは、とんでもない勘違いをする。
「いや、それほどのものは。
しいて言えば、人を苦笑いさせるぐらいですかね」
「それは究極の武道だ!
戦いの果てに、相手を苦笑いにまで持っていくとは。
ぜひ、この場で『空手対シモネタ』のお手合わせ、
お願いいたします!」
お父さんは、完全に下ネタを武道と信じてしまっている。
「あのう、また日を改めて」
「いえ、鉄は熱いうちに打てと申します。
シモネタの奥義、拝見させていただきます」
怖くて、今さら冗談などとはいえない。
エイッ、一か八かだ。
先生「では私からいきます。『旅のマスはかきすて』!!」
弟子父「?????」
まったく動じないようだ。
先生「では『尺八売りの少女』!
『寝る子のアソコは育つ』!!」
弟子父「はあ? いきますぞ先生、渇ッー!」
危ない!凄まじい速さの手刀が襲撃してきた。
うわ〜。バキッ、ボコッ。
弟子父「しまった。あれっ? ぬけない。エイッ、こらっ!」
お父さんは力みすぎて手元を狂わせ、
渾身の力で振り下ろした手刀が、
私が座っていたスケベ椅子に
腕ごとはまってしまったのだ。
弟子父「さすがは小林先生。
シモネタの妙技、確かに拝見いたしました。
それにしても変わった形の椅子ですな。
これはまさに苦笑い。
あはははは」
知人がお中元に贈ってくれたスケベ椅子が、
私の一命をとりとめてくれた。
ありがとう、石井基博さん。
弟子父「まだまだ私など、先生の足元にも及びません。
大変失礼いたしました」
「ところで先生、世界最強の武道は
なんとお考えですか?」
先生「お父さん、それは手話や!」
弟子父「なぜに先生? 手話とは耳や口が不自由な人が
意志を伝達する動作で、武道ではないのでは?」
先生「甘いな父さん。以前、私が道を歩いとったら、
知らんおっさんが手話の動きをしたんや」
弟子父「はあ?」
先生「何か伝えたいのかと思って近づいたら、
手話のように握った拳をいきなり開き、
にぎりっ屁をかまされたんや。
ごっつう臭くて、その場で卒倒したわ」
弟子父「なるほど! さすが先生、おみそれいたしました。
武道の奥義に至る貴重な教え、
ありがとうございました。
今すぐ道場へ戻り、
弟子たちに最強の武道を伝授します」
先生「うむ」
ふう、何とか助かった。
まったく、北小岩くんも一途な父をもっているものだ。
その後、北小岩くんのお父さんは、
抜けなくなったスケベ椅子を右手にぶらさげたまま、
全力疾走で岩手に帰っていった。
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