小林秀雄、あはれといふこと。

その拾伍・・・自衛隊

「すまん、北小岩」

「どうしたんですか、先生?」

1 オナニーさんに幸あれ

「前に『オナニーさんなんていうヤツがおったら、
連れてきてみい!』と怒鳴ったやろ。それがな、
PKOで自衛隊が派遣されたカンボジア・タケオ基地隣の
屋台のお嬢さんが、
オナニーさんという名前やったんや。
(たまたま宮嶋茂樹著「ああ、堂々の自衛隊」
双葉文庫を読んでいたら出ていた)
おわびに明日、自衛隊の演習に連れてったるわ。
明朝は早起きやで」

毎年、陸上自衛隊の実弾射撃演習「富士総合火力演習」が、
御殿場の東富士演習場で行われ一般公開されている。
9月初旬の土曜と日曜、2日で約5万人が訪れる。
砲弾やミサイル等の弾薬は訓練を入れて約22トン使い、
約2億2千万円を費やす。抽選による無料招待なのだが、
チケットを床屋さんからもらったのだ。
演習は10時半開始。だが、付近は渋滞が予想され、
オープニングの戦闘機射撃が見られないと一大事なので、
朝5時半に起きて出発した。

先生「高速を突っ走るときにかける
   ノリのいいカセット持ってきたか?」

北小岩「はい、これです」

先生「なんやこれは! 藤正樹の『忍ぶ雨』やないか。
   藤正樹といえば、あの紫色の学生服で歌っていた
   イガクリやろ。調子でえへんな」

しかたなく藤正樹を聴きながら東名を走り、
8時前にはインターを下りた。
北小岩くんにナビゲートを頼む。

先生「まだか? ここ左やないか」

北小岩「まだです。ここを曲がってしまうと、
    ホースショーに行ってしまいます」

先生「そうか。陸上自衛隊は英語で
   『JAPAN GROUND SELF DEFENSE FORCE』やから、
   ホースショーじゃなくてフォースショーやな」

右折待ちの逆車線が長蛇の列だ。
自衛隊の大型トラックも並んでいる。

先生「このまま真っ直ぐいったら、
   山中湖に行ってしまうで」

北小岩「先生、間違えました! 
    さっきのホースショー、左折でした」

急いで引き返したが逆車線は大渋滞。
到着は11時になってしまった。
F-4EJによる航空攻撃をみそこなった。
演習場にはサーキットのような客席がつくられ、
そこから人があふれまったく見えない。
客はマニアが多いのかと思ったが、
普通のおじさんやおばさんが多い。女の子二人組もいる。
プログラムは実際に敵が侵攻してきた場合を想定し、
航空攻撃→対戦車ヘリによる爆撃→空挺自由降下
→装甲車による射撃という順序で進む。

「ドガーーーーーーーン!」

2 座薬ミサイル

地面が揺れ巨大で暴力的な音が轟く。
みんなびっくりして
「ウゴー」 「ギョワー」などという
わけの分らない声を出している。
ミサイル音は初めて聴くが、迫力がケタ外れだ。
F1を何度か観戦したことがあるが、
あの巨大なエンジン音が
赤ちゃんに思えてしまうほどの音だ。
なんとか列の前に進むと、
ミサイルが飛んで行く姿が見えた。
巨大な座薬が飛んでいく感じである。
爆発すると、何キロか離れている
はずなのに一瞬顔が熱くなる。

90式戦車登場だ。
90式というのは'90年に採用が決定されたものであり、
120ミリ砲といえば砲身の内径が120ミリであることを意味する。
今回の演習には戦車・装甲車60両、火砲70門、航空機30機、
車両180両、約1700名を動員している。
ヘリがビューンと相手を偵察にいき戻ってくる。
兵器を搭載しているのだが、
その動きは子供が鬼ごっこをしているようで面白い。
ヘリからの情報を受け、戦車がブッ放す。

「ズドーーーーーーーン」

先生「ところでこの戦車、いくらぐらいするんかいな?」

北小岩「防衛白書によれば、
    18両で約171億円だったようですから、
    1両9億5千万円といったところでしょうか」

先生「高いんだか安いんだか、ようわからん値段やな。
   まあ、ビル・ゲイツはんなら
   自己資金で相当の軍備を持てるわな」

演習は佳境に至る。
何両もの戦車と戦闘ヘリが突進してくる。
地獄の黙示録の世界だ。

先生「北小岩、おまえ自分の砲身を上に向けとらんか?」

北小岩「すみません。 私びっくりすると縮み上がらずに、
    大きくなるんです」

先生「戦場では気をつけた方がええな」

とにかく、有事の際に一番役に立たないのは、
この二人であろう。

1998-09-18-FRI

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