小林秀雄、あはれといふこと。

その拾九・・・銀杏

秋の味覚の王様は、松茸といわれている。
その理由には、形状も大きく作用していると思う。
「香り松茸、味しめじ」
心地よい響きがある。
だが、惑わされてはいけない。私は異議を唱えたい。
松茸の香りは、どう考えても2番目以下なのだ。
秋の香りの王様といえば、文句なく「ぎんなん」であろう。
あのウンチックな香りこそ、不動のナンバー1。
凌駕することなど、不可能だ。

「なあ北小岩、今年も行ってみるか」

「そっ、そうですね」

「ほな、出発や」

私と弟子の北小岩くんは、シャベルとビニール袋を用意し
新宿御苑に急いだ。
新宿御苑の奥には銀杏の木が立ち並び、
ぎんなんが山ほど落ちているのである。

「ふう~、気持ちええなあ」

「そうですね」

「今のうち、この新鮮な空気を
たらふく吸いこんどくんやぞ」

「はい」

戦場に向かう兵士のように、顔と心を引き締める。

「おう、今年もぎょうさん落ちとるやないか。
香っとるなあ。それじゃ、拾いまひょ~」

シャベルでぎんなんをすくうと、
次々とビニール袋に入れていく。
あっという間に、袋がぎんなんで一杯になった。

「よっしゃ、秋の香り、とことん味わおうやないか」

「はい」

私たちはビニール袋に鼻を突っ込むと、
外から空気が入らないように口を閉じた。
シンナー遊びをする要領である。

「強烈な秋の香りや! 染みるのう。
頭がジンジンして来たわ。
どや北小岩、気分は?」

ぎんなんの香りを味わう

「ウンコを鼻から食べているような気分です」

これはまさしく合法的麻薬である。
そして、秋の味覚に対する飽くなき挑戦だ。
鼻、ノド、口、目、前頭葉などに、
ウンコがこびりついてしまった
気持ちになるのだ。
長時間続けると、確実にトリップしてしまう。

「まだまだや、ここでめげたら俺たちの負けや。
秋の味覚を味わいつくすことは、
過酷なことなんやぞ。
北小岩、鼻をそらすな。
心臓に陰毛が生えたような図太い男になれ!」

「先生、それは心臓に毛の生えた男の
間違いではないですか」

「まあ、ええやないか」

「先生、腹が痛くなってきました」

「おっ、おい。どうするんや、
こんなところでズボンを下げて」

「もっ、もうだめです」

「やめろ、人が見ている!」

「間に合いません、ああ・・・・・・!」

ブリッ。

「やってもうたか。しゃあないなあ。
まあ、ここなら匂いはごまかせるやろ」

2 ウンコの擬態

ぎんなんのある場所で野糞をしても、
匂いはばれない。
それはウンコの擬態である。
ウンコは匂いで存在が明らかになってしまうが、
ぎんなんと一緒にいれば気づかれない。
もしもウンコが食虫生物だったら、
そこで待ち構えていれば虫に気づかれず、
ウンコは簡単に虫を捕食できるのだ。

私が輪廻して来世にウンコとして生まれてきたら、
ぎんなんのある場所に住みこの擬態を使うだろう。
ウンコとして、生き抜いていくために。

1998-10-27-TUE

BACK
戻る