小林秀雄、あはれといふこと。

その弍拾六・・・缶詰

梅見の会で白梅、紅梅を味わい家に帰ると、
留守番電話が点滅していた。

「Sだよ〜ん。俺に電話してみるかい?」

わけのわからないメッセージだ。
Sさんというのは、喧嘩していた隣の家の木に
何年間も小便をかけ続け、ついには枯らしてしまった
という恐るべき執念の持ち主である。
近頃、とんとごぶさたしている。
取り急ぎ、電話をしてみた。

ルルルル、ルルルル、ガチャ。
「♪たんたんたぬきの金玉は〜」のメロディが
ピアノで奏でられ、留守電メッセージに変わった。

「はい、Sです。留守番電話は誰もでんわ。なんちゃって」ピー。

何という不親切なメッセージだろう。
意表をつかれて二の句がつげない。

「こっ、こっ、こばや」。

「あっ、小林くんか。おげんこ〜〜!」

受話器を取る音がして、妙に明るいSさんの声が
響いてきた。

Sさん「ところでさ、俺、じいを表明しようと思うんだ」。

小林「何ですかいきなり。何を辞めちゃうんですか」。

Sさん「その辞意じゃないよ。
    俺が表明するのは自分で慰めるほう。
    自慰を表明するんだよ!」

何だかわからないが、妙にパワーを感じる。

Sさん「若い頃は試行錯誤してさ、
    いろいろやってみたんだよ。
一番のおすすめは、缶詰だね。
    蒟蒻(こんにゃく)の缶詰!」

こんにゃくの図

小林「そんなもの、売ってるんですか?」

Sさん「売ってないよ、作るんだよ。
    まずパイナップルの缶詰と蒟蒻を五枚買ってくる。
    白蒟蒻じゃなきゃダメ。
    黒だと思わぬことになりかねない。
    パイナップルを食べて缶を洗う。
    蒟蒻は一枚を薄く二枚に切ると、
    よりデリケートな感触が味わえるね。
    そうしたら蒟蒻を一枚づつ缶で
    型押ししていくんだ。
    缶の直径より蒟蒻の方が小さいから、
    丸型なんだけど上下が少し切れるだろ。
    それがポイントだ」。

まったくデリケートな人ではないのだが、
そういう時はやたらとデリケートだ。

Sさん「それから、缶にたまった丸型の蒟蒻を取り出す。
    一番上の蒟蒻のど真ん中にマジックのキャップで
    穴を開ける。直径1.5センチぐらいがいいかな。
    そして、上と下に縦長に切り込みを入れるんだ。
    その次の蒟蒻は、真ん中からキャップ半分ぐらい
    左に穴を開ける。その次は真ん中で穴を開け、
    その次は右にづらして穴を開ける。
    この微妙なタッチがたまらない」。

これが自慰の表明だったのか。

Sさん「蒟蒻を温めるんだけど、人肌じゃ絶対にダメ。
    50°ぐらいじゃなきゃダメだ。
    そうしないと感覚が違うんだ!
    それでさあ、完全な丸型じゃなくて、
    上下が切れてるだろ。これが空気抜きになる。
    そうしないとくっついて抜けてきちゃうんだ」。

アホらしいことでも、ここまで真剣に語られると
何だか感動してしまう。

Sさん「二十歳すぎに部屋でやっていたら、
    缶をあそこに刺したとたんに
    母が入ってきちゃってさあ。
    仕方ないからそばにあった鉛筆で缶をたたき、
    ドラムの練習しているように見せたよ」。

小林「ブリキの太鼓ですね」。

ブリキの太鼓

Sさん「だけどね、あの頃の俺って
    勢いがあったと思うんだよ。
    だから、今こそ自慰を表明して立ちあがりたい
    と思うんだ。お前も突っ走れよ、じゃあな」。
ガチャ。

Sさんは電話を切ってしまった。
そうか、蒟蒻の缶詰か・・・。

「先生じゃないですか! お買い物ですか?」

スーパーで、弟子の北小岩くんにばったり会ってしまった。

弟子「あれ? 随分たくさん蒟蒻を買ってますねえ。
   わかった! 今晩はこんにゃく田楽ですね。
   ぜひ、私にもごちそうしてください」。

小林「あっ、ああ・・・」。

家に帰るとアメリカの巨根ポルノ男優にそっくりな
Sさんの顔を思い浮かべながら、
弟子といっしょに50°ぐらいに温めた蒟蒻をほおばった。

1999-03-01-MON

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