小林 |
「あそこで仏様のような顔で
飲んでいらっしゃるのが、
俺の学生時代の先輩や」 |
小林先生と弟子の北小岩くんは、
歌舞伎町の古い居酒屋の暖簾をくぐり、
奥へ入っていった。
先生の先輩方がひさしぶりに集まり、呼び出されたのだ。 |
小林 |
「一番手前が山崎さん、あちらが山本さん、
向こうの角にいるのが藤森さんや」 |
北小岩 |
「とっても仲がよさそうですね」 |
小林 |
「もちろんや。何せ彼らは兄弟なんやからな」 |
北小岩 |
「えっ?兄弟なのに、
どうして一人一人名字が違うのですか。
お婿に入ったのですか?」 |
小林 |
「違うな。
あの先輩方はな、
兄弟は兄弟でも並みの兄弟とは違う。
その名も『ダッチ兄弟』や!」 |
北小岩 |
「なんと!」 |
ある女性が男Aと交わったとする。
その後同じ女性が男Bと交わる。
その場合、一般的に男Aと男Bは『兄弟』、
または『穴兄弟』と呼ばれる。
つまり三人の先輩方は、
それをダッチワイフで行なったのだ。
|
小林 |
「先輩方はもともと幼なじみや。
親同士も仲がよく、
兄弟のように育ったらしい。
学校も幼稚園から一緒。便所に行くのも一緒。
エロ本なども共同所有していたほどや。
それが高じて、彼らは血族よりも
深い真の兄弟になろうと思ったわけや」 |
北小岩 |
「でも、なぜダッチワイフを・・・」 |
小林 |
「三人で一人の女性を等しく愛し、
兄弟として生きていく。当然それも考えた。
だが、先輩方は聡明やった。
そんなことをしたら
誰か一人がその女性と深い仲になり、
兄弟愛などこっぱみじんになることを
見抜いていた。
そこでダッチワイフを一体購入し、
みんなで愛情をそそぎながら
『ダッチ兄弟』として永遠の
兄弟愛を築きあげていこうということになったんや」 |
北小岩 |
「う〜む、『ダッチ兄弟』ですか。
そのような契りを結んだ親族が存在するとは、
わたくし夢にも思いませんでした。
となると一方では『張り型姉妹』の方々も
いらっしゃることでしょうから、
これは新たな戸籍作りが必要ですね」 |
小林 |
「それは卓見や!」 |
北小岩 |
「それにしても、
先輩方は三銃士のように勇敢です。
私など、ダッチワイフを
買いに行くだけでもかなり恥ずかしいです」
|
小林 |
「先輩方はちっとも恥ずかしくなかったはずや。
なぜならば、買いに行かされたのは俺だからや」 |
北小岩 |
「あははははは。あっ、すみません。
いったい、どこで買われたのですか?」 |
小林 |
「五反田や。
裏通りに小さな大人のおもちゃ屋さんがある。
ひと口にダッチワイフといっても、
様々な種類があるんや。
シリコン素材でできた精巧なものは、
25万円と書いてあった。
だがな、学生は金がない。
一番安い5000円のやつと
オイルを一瓶買って、
先輩のところに持っていった」 |
北小岩 |
「それからどうしたのですか?」 |
小林 |
「ふくらませた。
安いダッチワイフは、ビニールでできている。
浮き輪のように口で空気を入れてふくらませるんや」 |
北小岩 |
「それは殿方を満足させるような代物なのですか?」 |
小林 |
「つくりとしては、かなりまぬけなもんやったな。
だが、先輩方は見かけも仏様のようやが、
性格も仏様のようやった。
そんなダッチはんを、
みんなで生身の女性を愛するように慈しんだんや。
ダッチはんと閨をともにした後は、
きちんとシャワーで洗い
バスタオルでていねいにふいて清めた。
そして次の先輩に渡していくんや。
渡す時にちらっと見せる先輩のはにかんだ表情に、
俺は現代の日本人が
忘れてしまった清楚な心を見たな」 |
北小岩 |
「なるほど。
『ダッチ兄弟』とは、万物に生命を感じ、
それを尊ぶ仏の道にも通ずる
奥深き精神世界なのですね。
ところで先輩方は、
まだダッチさんを往来させて兄弟としての
交流をはかっているのですか?」 |
小林 |
「いや、もうしておらん。
安物のダッチワイフと枕を交わし続けるいうのも、
それはそれで大変なことなんや。
つまり、エロ本やAVならばエロな映像が
ダイレクトに脳に響いてくる。
感情を移入しやすい。
だが、安物のダッチワイフはあの不自然に
ぽわわんと口を開けたアホ面や。
最初の数回は物珍しさで
フィニッシュを決められても、
回数を重ねるにしたがって
どうしても我にかえってしまうんやな。
いくら仏様のような顔をした先輩方でも
限度があった。
仏の顔でも三度まで、というところや」 |
北小岩 |
「そうでしたか。少々残念な気がいたします。
では、その後ダッチさんはどうなったのですか?」 |
小林 |
「先輩方はじっくりと話し合ってこういった。
「俺たちが捨てるのは忍びないから、
小林に処分してもらおう」と」 |
北小岩 |
「それで先生はどうされたのですか?」 |
小林 |
「仕方がないから何重にも梱包して、
燃えないゴミの日に出した。
だがな、何だか心が痛んでな。
お守りやおみくじを捨てづらいのと同じや。
使用したダッチワイフには
霊魂が宿っている気がしてな。
罰があたるんやないかと思って、
思わず手をあわせてしまったわ」 |
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北小岩 |
「先生、ごくろうさまでした!」 |
小林 |
「うむ」 |
まるで青春ドラマのように美しい『ダッチ兄弟』の世界。
しかし、これから兄弟になろうという方々は、
自分たちの責任で購入し、
自分たちの責任で廃棄してください。
くれぐれも私に買いに行かせたり、
捨てに行かせたりしないでください。
誠に僭越ながら、この場をお借りしてお願い申し上げます。 |