小林秀雄のあはれといふこと

しみじみとした趣に満ちた言葉の国日本。
そんな国のいとおもしろき言の葉を一つ一つ採取し、
深く味わい尽くしていく。
それがこの項の主な趣向である。

其の四拾九・・・・兄弟


小林 「あそこで仏様のような顔で
 飲んでいらっしゃるのが、
 俺の学生時代の先輩や」
小林先生と弟子の北小岩くんは、
歌舞伎町の古い居酒屋の暖簾をくぐり、
奥へ入っていった。
先生の先輩方がひさしぶりに集まり、呼び出されたのだ。
小林 「一番手前が山崎さん、あちらが山本さん、
 向こうの角にいるのが藤森さんや」
北小岩 「とっても仲がよさそうですね」
小林 「もちろんや。何せ彼らは兄弟なんやからな」
北小岩 「えっ?兄弟なのに、
 どうして一人一人名字が違うのですか。
 お婿に入ったのですか?」
小林 「違うな。
 あの先輩方はな、
  兄弟は兄弟でも並みの兄弟とは違う。
 その名も『ダッチ兄弟』や!」
北小岩 「なんと!」
ある女性が男Aと交わったとする。
その後同じ女性が男Bと交わる。
その場合、一般的に男Aと男Bは『兄弟』、
または『穴兄弟』と呼ばれる。
つまり三人の先輩方は、
それをダッチワイフで行なったのだ。

小林 「先輩方はもともと幼なじみや。
 親同士も仲がよく、
 兄弟のように育ったらしい。
 学校も幼稚園から一緒。便所に行くのも一緒。
 エロ本なども共同所有していたほどや。
 それが高じて、彼らは血族よりも
 深い真の兄弟になろうと思ったわけや」
北小岩 「でも、なぜダッチワイフを・・・」
小林 「三人で一人の女性を等しく愛し、
 兄弟として生きていく。当然それも考えた。
 だが、先輩方は聡明やった。
 そんなことをしたら
 誰か一人がその女性と深い仲になり、
 兄弟愛などこっぱみじんになることを
 見抜いていた。
 そこでダッチワイフを一体購入し、
 みんなで愛情をそそぎながら
 『ダッチ兄弟』として永遠の
 兄弟愛を築きあげていこうということになったんや」
北小岩 「う〜む、『ダッチ兄弟』ですか。
 そのような契りを結んだ親族が存在するとは、
 わたくし夢にも思いませんでした。
 となると一方では『張り型姉妹』の方々も
 いらっしゃることでしょうから、
 これは新たな戸籍作りが必要ですね」
小林 「それは卓見や!」
北小岩

「それにしても、
 先輩方は三銃士のように勇敢です。
 私など、ダッチワイフを
 買いに行くだけでもかなり恥ずかしいです」

小林 「先輩方はちっとも恥ずかしくなかったはずや。
 なぜならば、買いに行かされたのは俺だからや」
北小岩 「あははははは。あっ、すみません。
 いったい、どこで買われたのですか?」
小林 「五反田や。
 裏通りに小さな大人のおもちゃ屋さんがある。
 ひと口にダッチワイフといっても、
 様々な種類があるんや。
 シリコン素材でできた精巧なものは、
 25万円と書いてあった。
 だがな、学生は金がない。
 一番安い5000円のやつと
 オイルを一瓶買って、
 先輩のところに持っていった」
北小岩 「それからどうしたのですか?」
小林 「ふくらませた。
 安いダッチワイフは、ビニールでできている。
 浮き輪のように口で空気を入れてふくらませるんや」
北小岩 「それは殿方を満足させるような代物なのですか?」
小林 「つくりとしては、かなりまぬけなもんやったな。
 だが、先輩方は見かけも仏様のようやが、
 性格も仏様のようやった。
 そんなダッチはんを、
 みんなで生身の女性を愛するように慈しんだんや。
 ダッチはんと閨をともにした後は、
 きちんとシャワーで洗い
 バスタオルでていねいにふいて清めた。
 そして次の先輩に渡していくんや。
 渡す時にちらっと見せる先輩のはにかんだ表情に、
 俺は現代の日本人が
 忘れてしまった清楚な心を見たな」
北小岩 「なるほど。
 『ダッチ兄弟』とは、万物に生命を感じ、
 それを尊ぶ仏の道にも通ずる
 奥深き精神世界なのですね。
 ところで先輩方は、
 まだダッチさんを往来させて兄弟としての
 交流をはかっているのですか?」
小林 「いや、もうしておらん。
 安物のダッチワイフと枕を交わし続けるいうのも、
 それはそれで大変なことなんや。
 つまり、エロ本やAVならばエロな映像が
 ダイレクトに脳に響いてくる。
 感情を移入しやすい。
 だが、安物のダッチワイフはあの不自然に
 ぽわわんと口を開けたアホ面や。
 最初の数回は物珍しさで
 フィニッシュを決められても、
 回数を重ねるにしたがって
 どうしても我にかえってしまうんやな。
 いくら仏様のような顔をした先輩方でも
 限度があった。
 仏の顔でも三度まで、というところや」
北小岩 「そうでしたか。少々残念な気がいたします。
 では、その後ダッチさんはどうなったのですか?」
小林 「先輩方はじっくりと話し合ってこういった。
 「俺たちが捨てるのは忍びないから、
  小林に処分してもらおう」と」
北小岩 「それで先生はどうされたのですか?」
小林 「仕方がないから何重にも梱包して、
 燃えないゴミの日に出した。
 だがな、何だか心が痛んでな。
 お守りやおみくじを捨てづらいのと同じや。
 使用したダッチワイフには
 霊魂が宿っている気がしてな。
 罰があたるんやないかと思って、
 思わず手をあわせてしまったわ」
北小岩 「先生、ごくろうさまでした!」
小林 「うむ」
まるで青春ドラマのように美しい『ダッチ兄弟』の世界。
しかし、これから兄弟になろうという方々は、
自分たちの責任で購入し、
自分たちの責任で廃棄してください。
くれぐれも私に買いに行かせたり、
捨てに行かせたりしないでください。
誠に僭越ながら、この場をお借りしてお願い申し上げます。

2001-03-28-SUN

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