小林秀雄のあはれといふこと

しみじみとした趣に満ちた言葉の国日本。
そんな国のいとおもしろき言の葉を一つ一つ採取し、
深く味わい尽くしていく。
それがこの項の主な趣向である。


其の六拾参・・・・別人格


「どうした、北小岩。
 悩みがあるんなら言うてみい」

弟子がしょげ返っているのを見かねて、
小林先生がマイルドに声をかけた。

北小岩 「実はわたくしに
 文学の話を聞きたいという女性がおりまして、
 昨晩飲みに行きました。
 女性が泥酔してしまい、
 立ち上がる時にふらついたので
 手をかそうとしたのですが、
 結果的にわたくしの立ち上がりやすい部分を
 かしてしまいました」
小林 「ということは・・・」
北小岩 「女性が体勢を崩して、
 わたくしのムスコをつかんでしまったのです。
 ムスコはショックで硬化してしまいました。
 それに気づいた女性は般若の形相になり、
 『北小岩さんも同じだわ。
  どんなにやさしそうに見えても
  下半身は別人格なのよ!!』
 と言って泣きだしてしまったのです」
小林 「う〜む。
 彼女は以前、男根の性根の悪い男に、
 不快な目にあわされたことがあるんやろな。
 それでお前は深く傷ついてしまったわけか。
 まあ下半身が別人格とっても、
 悪い別人格ばかりやないで。
 ちょうどこれから、
 そのへんの事情に精通した男と
 一杯やるところや。
 北小岩も行ってみよか」


駅前の屋台に行くと、
事情に精通した男はこんにゃくを頬張っていた。

「やあ、先生。おひさしぶりです。
 そちらの方が弟子の北小岩さんですか。
 初めまして」

差し出された名刺には、
『日本下半身協会会長 太井正(ふといただし)』
と書かれていた。
怪訝な顔で名刺を見る北小岩くんに、
先生が補足した。
小林 「聞きなれない肩書きだろうが、
 太井さんは言うなれば下半身の弁護人や。
 なあ、太井さん。
 実は北小岩は女性から
 『下半身は別人格!』と罵られ、
 傷ついているんや。
 ぜひ、あの人の話を聞かせてやってくださいな」
太井 「それは災難でしたね。
 そもそも下半身は別人格という言い方は、
 下半身に対してとても失礼です。
 私の故郷には立派な別人格者がいました。
 上半身はどうしようもないチンピラで、
 すぐに人を殴ってしまう嫌われ者でしたが、
 下半身が別人格だったのです」
北小岩 「と申しますと?」
太井 「上半身の蛮行をたしなめるように、
 下半身が善行を重ねていたのですね。
 暴力沙汰で捕まるたび、
 お母さんが警察に身柄を引き取りにいきました。
 家に帰ってお母さんに
 怒りの矛先を向ける彼の上半身を、
 下半身は必死になだめました。
 そして、おちんちんで
 お母さんの肩をやさしくたたいてあげたのです。
 まずはやわらかい状態でほぐし、
 だんだんと硬く強く。
 この絶妙なタッチは、
 こぶしでは絶対に出せません。
 お母さんは安らぎの時を過ごしました。
 そもそも母というものは、
 息子のムスコの成長が気になっても、
 物心ついてからは観察することができません。
 だけどムスコで肩をたたいてくれれば、
 どれくらい成長しているのか、
 大きさ、硬さから
 容易に推察することができます。
 一人前に育っていることを知って、
 ほっと胸をなでおろすのです」
北小岩 「真の意味で親孝行なムスコさんなのですね」
太井 「また、雪の降る日に上半身がいらだって
 壁に穴をあけてしまったことがあるのですが、
 その時も下半身は
 お母さんが風邪をひかないように、
 おちんちんを穴に入れて
 すきま風を防ぎました」
北小岩 「そんな下半身の献身的な態度を見ても、
 上半身の性格は
 ずっと変わらなかったのですか?」
太井 「いや、徐々にですが更生されていきました。
 下半身が善の世界に導いたのです」
北小岩 「なるほど。見上げた別人格者ぶりですね」
太井 「そうですね。
 それから下半身は、村孝行に向かいました。
 村には川が流れていたのですが、
 橋がありませんでした。
 そこでムスコは横たわり、橋になりました。
 船が通る時は、村の長老が
 蔵からとっておきの春画を出してきます。
 ムスコは角度をつけ、船は無事通過。
 でも、歳月が流れるうちに
 だんだんと角度が浅くなっていったのです。
 船頭さんもそれを心得ていて、
 船をぶつけて橋が傷つかないように、
 屹立するまで流れに逆らいオールをこぎました。
 『がんばれ!もう一息だ!!』。
 船頭さんの手の豆は毎日つぶれました。
 健気に起ち上がろうとするおちんちんを、
 村の娘たちも下着を脱いでご開帳し応援しました。
 村人すべてが、
 こよなく下半身橋を愛していたのですね」
北小岩 「つい何年か前まで、
 そのように立派な別人格の方が
 いらっしゃったなんて・・・」
北小岩くんの瞳に、熱いものがこみ上げてきた。
小林 「そうやな。
 下半身は別人格と言う場合、
 100%卑下してるわな。
 だが、その逆だって十分にありうるわけや。
 どんなに上半身がカスな野郎でも、
 下半身はとてつもなくやさしい人だって
 いるわけやからな。
 それを考えもせずに、下半身は別人格!
 などとのたまう輩には、
 きちんと異議を唱えていかねばならんやろな」

だが、下半身が悪い意味で
別人格な小林先生が異議を唱えても、
反駁されやり込められるのが落ちであろう。

2002-01-18-FRI

BACK
戻る