その八・・・蝶
庭の山椒の葉に、アゲハ蝶が卵を生んだ。
夏の光を反射して輝く、小さな黄色い真珠。
家で孵化させ、大空に羽ばたくまで見守るのもいい。
しばらくすると、
卵から黒ゴマのような小さな幼虫が出てきた。
何度か脱皮を繰り返し、青虫となった。
一匹は青ちゃん、二匹目はいもちゃん、
三匹目はハゲちゃんと名付けた。
体には不釣り合いな量の葉をたいらげ、グイグイ成長した。
葉を食べなくなり、動きが緩慢になり、
そしてサナギになった。
あと何日で蝶になるのであろうか。
「大変です!小林先生!!」
弟子の北小岩くんが青ざめた顔で部屋に入ってきた。
「サナギが全部、下に落っこちてます!」
見ると梅雨の強い雨や風にも負けないであろうはずの
サナギの糸が切れ、三匹とも下に落ちもがいている。
サナギは固くて動かないように見えるが、
このような危機に直面すると必死に体を動かすのだ。
弟子「どうしましょう、先生」
先生「前に多摩動物園に行ったときに、
昆虫館があったやろ。
そこに電話してみい」
弟子「もしもし、昆虫館さんですか。
私、北小岩というものですが
落ちちゃったんです」
昆虫館「どこから落ちたんですか」
弟子「カゴからです」
先生「アホ、かわってみい。
お忙しいところ申し訳ありません。
私、小林と申しますが、
家でアゲハの幼虫を飼育しておりまして、
サナギになったのですが、
糸が切れて下に落ちてしまいました。
このような場合、どうすればよいのでしょうか」
昆虫館「厚紙を用意して小さな円錐を作ってください。
円錐を縦に切り、45度の角度に
固定して、サナギを寝かせるように
おいてください」
先生「助かるのでしょうか?」
昆虫館「サナギはすごくデリケートなんです。
落ちたショックで死んでしまったりします。
環境の変化にすごく弱いんです。
とにかくすぐに円錐を作って、
できるだけやさしくやさしく動かしてください。
運がよければ助かるかもしれません。
これからは、サナギになったら
カゴを静かな場所に置いて、
絶対衝撃を与えてはいけません」
先生「衝撃のないところに置いておいたのですが」
昆虫館「そうですか。どうして落ちたんですかね。
とにかくすぐ助けてあげてください」
先生「わかりました。ありがとうございました」
急いで円錐を作り、サナギを寝かせた。
その後、青ちゃんといもちゃんは無事に
蝶になることができたが、
ハゲちゃんは残念なことにサナギのまま
干からびてしまった。
でも、なぜ急に糸が切れてしまったのだろう。
弟子「先生! サナギが落ちたのは
『どぶ川のながれのように』の
不幸を呼ぶ女の人の顔写真をアップにしてしまった
後じゃないですか」
先生「そっ、そうや! おっ、恐ろしいこっちゃ。
でもな、男たるもの
どんな時にも堂々とせなあかんで」
弟子「でも、何で先生は股間を握りしめているのですか」
先生「やっ、やっぱな。
そうは言っても、ここだけには不幸が
来てほしくない。
勘弁してや〜」
目覚ましの時計の電池が 切れたので、
買ったばかりの電池を入れたが
時計は動かなかった。
他の時計にその電池を入れかえてみたが、
やはり時計は動かなかった。
買ったばかりなのに、
電池の容量がなくなっていたのだ。
売れている店で買ったのに。
今時そんな話って。
もしかして、あの写真の女の人が電池の容量を・・・
(怖)。
まだ、ささやかな前兆だが、
もしかして第三の大きな波がそこまで来ているのでは。
小林先生は、『どぶ川のながれのように』の
連載継続のアンケートを◯にしてしまったことを、
本気で後悔し始めている。
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