その九・・・風に吹かれて
突然、紙をグシャグシャに丸めたようなしわがれ声が、
ラジオから流れてきた。
♪〜The answer is blowin` in the wind
心の中に一陣の風が吹いた。
ボブ・ディランの「風に吹かれて」を聴いてから、
私はいつでも形にならない答えを、
風の中に見つけようとしてきた気がする。
答えは風の中に彷徨っていて、
いつの日かそれを手にすることができるのだと。
そして、その日は朝から風が吹いていた。
トイレに入ると、いつの間にか風に吹かれての
メロディを口ずさんでいた。
便座に座り、指先でトイレットペーパーの
フタを叩きリズムを取る。
体の中に心地よい風が吹く。
そして心地よい便が出る。
気分は最高潮に達していた。
トイレットペーパーをカラカラ伸ばす。
なぜか、こんな歌詞に変わっていた。
♪〜このままトイレットペーパーを伸ばしたら
どこまでたどり着けるのだろう。
友よ、その答えは風の中に舞っている。
すぐに尻をふき、再びトイレットペーパーを伸ばすと
トイレのドアを開けた。
途中で千切れないように細心の注意をはらいながら、
廊下を歩く。
ホッ、玄関までたどり着いた。
草履をつっかけ玄関のドアを開く。
「トイレットペーパーくん、
外の空気はどうですか」
トイレットペーパーが愛しく思えてきて、
思わず話しかけてしまう。
細長い庭をぬけ、門まで進む。
今までは、海に例えれば湾の中である。
波もおだやかだ。
だが、これからは違う。
何が待ち受けているかわからない大海だ。
未知の世界へ漕ぎ出すのだ。
心構えはいいな、トイレットペーパーよ。
心を引き締め道路に出る。
もう、トイレから30メートルは経過している。
トイレットペーパーも、千切れずにがんばってついてきた。
このまま二人で新しい世界へ旅立とう。
その時だった。
強い風が私たちを急襲した。
トイレットペーパーは引き千切られ、
昇り龍のように空へ舞い上がっていった。
「トイレットペーパーくん!」
叫んでみたが、後の祭りだ。
トイレットペーパーは電線まで一気に吹き上げられ、
大蛇のように絡んでしまった。
しまった、うちの隣家の電線だ!。
隣家のおやじは雷おやじとして町内で恐れられている。
見つからなければよいが。
と思ったときには、すでにおやじは私のそばに立っていた。
「何してるんだ!
あんなものを電線にひっかけて。
子供が正月に凧を引っかけるならわかるが、
どうして電線にトイレットペーパーを引っかけるんだ!!」
「すっ、すみません」
何とかしてとれないかと思うのだが、
7メートル上空の電線だ。
「恥を知れ、恥を。それが大人のすることか!!」
いえ、大人に限らず子供でもしません、そんなこと。
風さえ吹かなければ、
こんなことにはならなかったのに。
Blowin` in the wind.
ディランよ、本当に答えは風の中に舞っているのかい?
だが、風の中に舞っているのは、
ふんどしのようになさけなくぶら下がった
トイレットペーパーだけだった。
「先生、すみません。
大便をしてお尻を拭いているのですが、
トイレットペーパーが
無くなってしまいました。
申し訳ありませんが、
隣の家から
借りてきていただけないでしょうか」
弟子の北小岩くんがトイレで叫んでいる。
先生「絶対にいやだ!」
弟子「そんなせっしょうな!」
師の心、弟子知らずである。
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