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以前、千葉の印旛沼周辺の古墳を見学したときに、
『石枕』というものを初めて見ました。
名前の通りで、石の枕なんですが
古墳の木棺の中から出てきたものなので
死んだ人のための枕です。
頭を載せる凹部が、丸いのや
なんと、てるてるぼうずみたいな形を
しているものがあって
ぱっと見、前方後円墳みたいだなーと思いました。
この石枕のそばから『立花』と呼ばれる飾りのような
石製品がみつかることがあって、
これは石枕の穴に差したものと考えられているのです。
お花代わり?
魔除け?
例によって疑問だらけです。
お久しぶりです
みこちゃんです
はじめましての方もいらっしゃるかも?
スソさんのカバンの中からこんにちは、
わたしはハニワのみこちゃんです。
スソアキコさんの古墳部レポートの
ちっちゃなお手伝いがみこちゃんの使命なの。
ひとり古墳部、とても久しぶりの再開ですね。
その再開の、のっけから、
「死んだ人のための枕」の話題って!
スソさん、サスガだわ!! |
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ある日、古墳部のメンバーから
ビッグニュースが届きました。
なんと千葉で石枕展が開催されるということです。
『古墳に眠る石枕』展です。
石枕がずらっーと並ぶという
絶好の企画展! です。
スソさんは、「ひとり」ではなく
「お友だちとみんなで」出かける
古墳部にも属しているのよ。
「石枕展」の開催情報を
教えてくれる友だち‥‥すてき! |
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11時40分。
もうすぐお昼という時間。
おなかがすいていたら展示に集中できません。
先に食べておいたほうが良さそう~。
駅近くのおそば屋さんに入って、
がっつり腹ごしらえします。
めずらしいかたちの古墳!
と思ったら親子丼でした。
「ひとり古墳部」では、
こうして古墳以外の写真も入ることがあります。
ちいさな旅のレポートでもあるので、
そのあたりもすこしおたのしみに! |
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駅前から千葉大病院前行きのバスに乗り、
中央博物館前で下車。
なんだか空が広くて
からっとしていて
空気の様子も何か東京とは違う感じです。
バス停から5分ぐらい歩くと
看板が見えてきました。 |
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実は、古墳部メンバーの知り合いで、
石枕に詳しい学芸員のかたが
展示に関わっていらっしゃって
ここでお会いする約束をしています。
すこし時間があるようなので、
公園内にある古墳を見に行くことにしました。 |
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しかしこの公園、ずいぶんと広い‥‥。
芸術文化ホールとかあって、
相当お金がかかっているみたい。
なかなか古墳に辿り着けません。
こうして移動しているあいだ、
みこちゃんはスソさんはカバンの中にいるの。
みこちゃんは土器だから、
でこぼこ道はちょっとこわいのよ。 |
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10分近く歩いたような気がします。
ちょっと迷ってしまったのかも...。
掃除をしているおじさんに聞いてみたところ、
すぐそばにあるって‥‥? |
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あっありました! あれです!
木に隠れて小山がありました!
走れーー!
なんだ? なんで? ひさびさのこの興奮!
スソさん、走らないでー!
危ないから、みこちゃん割れちゃうから!
‥‥でも、
古墳に向かって走るスソさん、カッコイイ! |
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看板はありますが、
かなり読みずらい状況になってます。
ときどき解説をするのも、みこちゃんの役目よ。
荒久古墳は、一辺20mの方墳で
古墳時代終末期の7世紀につくられたものなの。
横穴式石室があって、
人骨1体、琥珀製棗玉、
鉄製馬具などが出土しているのよ。 |
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たしかにここが古墳です。
現在は、一辺9mぐらいの墳丘が残されていて
墳頂部分には木が茂っています。
登ってみましょう。
足元は落ち葉でさくさくしています。 |
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周囲はというと‥‥
何もありません。
方墳のかたちを
歩道のタイルで静かに表現しています。 |
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西にむかって下がっていく感じです。
きっと丘陵地の角で
見通しのいい場所だったのでしょう。
古墳時代は海が見えいてたに違いありません。
いや、すぐそばに海岸線があったのかも!
あー、この空気感は海だったんだ~。
以前スソさんが教えてくれたの。
「古墳は、とてもいい場所にあるのよ。
見晴らしがよくて食べ物がおいしい場所」って。
みこちゃん、ハニワのくせに感心しちゃったの。
お墓はやっぱりいい場所に‥‥なのよね。 |
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博物館へ走ってもどりました。
学芸員さんにご挨拶し、石枕展を見学します。
特別に写真の許可もいただきました。
全国で120例ほど出土している石枕のうちの
約半数が千葉から出ているということ。
5世紀前半から6世紀前半の約100年に限られて
作られていたそうです。
たった100年の流行かー。
そんな短期間でやめる理由は何だったのか、
気になります。 |
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石枕の出現の理由として、
香川県と熊本県で集中的に見つかっている
石枕つきの石棺のことや、
岡山や奈良にも単独の石枕があったことから、
西日本の影響があったのだろうと
考えられているようです。
でも「立花」はどこにもなかったようですね。 |
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そういえば、
古代の千葉の地形はほとんど島のような状態で、
霞ヶ浦、印旛沼、手賀沼はつながっていて、
『香取海(かとりのうみ)』
と呼ばれる内海だったのです。
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スソさんは、帽子作家さんで、
そしてイラストレーターでも
あるのよ。 |
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ときどき入る、
スソさんのイラストもおたのしみにー。
みこちゃんの顔もね、スソさんが描いたの。
本物そっくりよ! |
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それで、石がないから、
埼玉県や茨木県、群馬県から運んできて
加工していたらしいのです。
石がないのに、
わざわざ石枕を造りたかったなんてね。 |
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それに玉造遺跡がこんなに多いとは!
石にこだわった王は地元の人ではなく
遠くから来た人だったのかもしれませんね。
職人を連れてやってきたのかも。
そういえば、
印旛沼周辺の玉造職人は
北陸系とか書いてあった‥‥。 |
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石枕は「香取の海」の周辺から
多く発見されているので、
『常総型石枕』という名称もあるそうです。
さあ、いよいよじっくり見ていきましょう。 |
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まず、香取市の山之辺手ひろがり3号墳。
石枕と立花です。
石枕はゆるく堀っただけという感じですが、
立花は勾玉が4個ついていて立体的!
5世紀の初め頃ということは、最古級の石枕です。
もしかしたら立花は
こういう立体形から平面的なものへ移行したの?
はあー、
石枕があんなにずらりと‥‥すごい~。
次回もさらに石枕を見ますよ。
そして立花も、じっくりと!
おたのしみにー。 |
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