『My Revolution』
 渡辺美里

1986年(昭和61年)

 僕に大切な思い出を
 たくさんありがとう。
 幼い心をたくさん
傷つけてしまってごめんなさい。
   (ひとつ年上の彼氏)

確かめたい
君に逢えた意味を

時はバブル景気の入り口。
高校生にはなんのことだかよくわからず、
無邪気に毎日を過ごしていました。

新学期。
真新しい制服の新一年生の群れの中に
何度か見たことのある顔。
話をしたことはなかったけれど、
同じ中学の女の子。

ショートカットがよく似合う小柄な彼女。
生徒会活動などを積極的にしていた覚えがある。
天真爛漫を絵に描いたようなタイプだ。

人をかきわけ彼女のところへ、
同じ中学だったよね? と声をかけてみる。
「そうです! 先輩がここだってこと知ってましたよ」
との返事。

翌日。
もしかして朝の駅で会えるのではないかと、
毎日2時間目か3時間目に登校していたけれど
遅刻しない時間に駅へ。
しかし彼女の姿は見当たらなく
違う駅から乗ってくるのだと諦めたそのとき、
ホームへすべり込んできた電車の
先頭の車両の一番前のドアに彼女の姿を見る。

これは後から都合よく
そう思ったことにしたのかもしれないけれど
何か始まったような気がした。

また翌日。
僕は朝のホーム。
電車の一番後ろの車両の
一番後ろのドアの停止位置に立つ。
なぜならそこが一番早く
彼女の姿を確認することができるからだ。

今日も昨日と同じように
彼女は一番先頭の車両の一番前のドアにいた。

数日の間、彼女の姿を見ることを目的に
遅刻しない時間に家をでた。

数日後。
いつも通り一番先頭の車両に彼女の姿を見たけれど
駅から学校へいく道で
いつも一緒の友達達の中に彼女の姿がなく、
気になったので彼女のクラスの近くを
何度も通ってみたけど、
その日は学校でも姿を見ることはなかった。

翌日。
体育館近くの廊下で彼女を見つけ、話しかけた。

「昨日、朝電車で見かけたけど
 もしかして学校こなかった??」と。

彼女。
「あまりにいい天気だったから、
 終点まで行ってつくしを取ってきた」

そんな学校のサボり方があるのか!
まったく予想もできず
返事の返事を用意していないこたえで
言葉につまる僕に、
「いつもホームの一番後ろにいますよね。
 先輩ってちょっと不真面目だと思ってましたけど
 毎日ちゃんと学校来てるんですね」と満面の笑顔で。

ちゃんと来たことなんてないよ。
この数日以外、
誰のせいだと思ってるんだ。
好きになるしかないとはこれのこと。

僕が卒業して一年、
彼女の卒業間近までお付き合いは続きました。

しかし、
僕が彼女の心に隙間をつくってしまい
彼女の口から別れを言わせることになってしまいました。

苦しかっただろう、本当に申し訳なかった。

電話の様子が変だったので会いに行った夜、
彼女の家への曲がり角のところの踏切で、
いつも帰るのを惜しんで長話をした踏切で、
どしゃぶりの中、
泣きながら好きな人ができたことを謝る彼女。

何度も通る電車。
遮断機の音と車輪がレールを叩く音が、
泣き崩れる彼女をかばっているようだった。

まだ女子高生のスカートが長かったころ、
一人だけ膝が見えるスカートを履いて
周りから浮いていた彼女。
僕に大切な思い出をたくさんありがとう。
幼い心をたくさん傷つけてしまってごめんなさい。

彼女がいつも歌っていました。
いつも同じとこだけを、間違った歌いまわしで。

この曲を聴くことがあると、

「会えてよかった」

そう心から思えるのは
人生の中でそう何度もあることではなく
彼女は間違いなくその一人だと
今でもそう思います。

(ひとつ年上の彼氏)

男性からの投稿です。
前半は淡々とした文体ですが、であるからこそ、
「その光景をありありと覚えている」
という感覚が伝わってきます。
映画のト書きのような印象。
重ねられる風景の描写。
そんな、男性的な表現が続いているところに
突如としてあらわれる、やわらかなセリフ。

「あまりにいい天気だったから、
 終点まで行ってつくしを取ってきた」

これは、効きます。
なんてすばらしいことば。
世界をやわらかくしているのは、
こういう女の子なんだなぁ‥‥
とそんな大げさなことまで思ってしまいました。

(ひとつ年上の彼氏)さんの文章表現も、
ここから後がずっとやわらかいんです。
「いつもの踏切での長話」
「まだ女子高生のスカートが長かったころ」
胸がきゅんきゅんするフレーズが並びます。
音楽でいったらサビの部分でしょうか。

まっすぐに謝る姿にもこころを揺さぶられました。
男性からの、こんなにきらめく投稿、
ありがとうございました。

終わった恋は、
当たり前ですけれども、
終わったまんまなんですよね。

それを悔やまなくなったとか
悲しまずに思い出せるようになったとか、
「受け取り方」の変化はあるものの
終わった恋の、終わった風景というのは、
それそのものを忘れてしまわないかぎり、
「終わったまんま」、そこにある。

きっと、どちらの胸にも。
忘れがたい恋だったら、
別れたふたりの胸に、同じようにその風景が、
「終わったまんま」、ある。

(ひとつ年上の彼氏)さんには
(ひとつ下の彼女)さんがいたんですね。

惚れてまうやろーーーっっ!!

ですねえ。こりゃ好きになっちゃう。
ボーイ・ミーツ・ガールって
こういうことなんだ。
マンガでいうと誰だろう?
吉田秋生さんが描きそうな年代、
シチュエーションかも?
なんて思いながら読みました。
でもマンガじゃない、
ほんとうにあった恋の話なんだもの。
まいっちゃった。

(ひとつ年上の彼氏)さんが
じつはずっと彼女を見ていたように、
彼女も、(ひとつ年上の彼氏)さんのことを
ずっと見ていたんですよね。
そうして始まった恋。
なのに、どうして‥‥、
と思わずにいられないです。
彼女の心に隙間をつくってしまったという、
そのことが詳しく書かれていないだけに、
よけいせつないや。

なかなか言えないですよ、
「僕が彼女の心に隙間をつくってしまい」
というひと言。
傷つけてしまったことを
そんなにも率直に謝られると、
彼女は、もういっかい
惚れてまうやろー!!

「会えてよかった」
それは言われたい言葉ナンバー・ワンでは
ないでしょうか。
会えてよかったのなら、
生きててよかったですよ。
彼女が歌っていた「君に逢えた意味」を充分
確かめられていることでしょう。

ひとつ下の彼女が読んでくれてるといいなぁ、
と思います。

ではまた、恋の思い出でお会いしましょう。
次は水曜です。

2013-02-02-SAT

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