『あこがれ』
 グレープ

 
1974年(昭和49年)
 アルバム『わすれもの』収録曲

奥さんとお子さんが
いるときいて
胸がコトッと傾いた
  (もうすぐ社会人)

今 ふたりの時は

すべて 思い出に変る


はじめて会ったときは、嫌いでした。
ひねくれた、変わり者の教授。
「まあ、単位と知識だけ貰えたらいいや‥‥」
と思いながら、講義を受けていました。
そのうち、その一風変わった性格に興味を持つようになり
講義のあと、質問がてら話をするのが習慣になりました。
滅多に見せない、下手な笑い顔。
しわしわと、申し訳なさそうに笑うその顔を引き出すことが
私にとって、楽しみになっていきました。
薬指に指輪をしていないセンセイに
奥さんとお子さんがいるときいて 胸がコトッと傾いた、
冬のあの日から 思えば、
私はもう恋をしていたのかもしれません。

その次の年、
私はセンセイが顧問をつとめる部活に入りました。
その時も私は別に、センセイが好きじゃありませんでした。
好きじゃないと思っていました。
だって、妻も子もいるんだし、歳も離れているし。
部活に入るのは、質問を続けるため、知識を得るため。
そう、本気で思っていました。
そして、時間があればセンセイの研究室に行き
質問を皮切りに、他愛のない話に花を咲かせました。

人を好きになることは、私にとって、罪でした。
今なら、笑い話で済みますが むかし、
好きになった男の子が2人 立て続けに亡くなったとき
「ああ、だめだ」と、 誰かを好きになることをやめよう、
と心に決め 懸命に努力してきました。
おセンチな感傷と言えばそれまでですが
その頃の私の世界は、それがすべてでした。
だから、センセイのことは好きでいる訳なかったのです。

卒業がせまった2月。
なんだかずっと胸がざわざわするなか
携帯音楽プレイヤーから流れてきたこの曲に
電車の中で涙が出て、自分に唖然としました。
その時、ざわざわの原因は 新生活への不安ではなく
センセイとの別れだと、気付きました。
そんなに私、センセイが好きだったの。
え、そうだったの。 好きだったの。
こんなに好きなのに、
好きじゃないと思って傍にいたなんて。
もっと素直に、もっと愛しんで
センセイを見ていたかった、
と 今更ながら、悔やみました。
しかし、どうしようもありませんし
どうしようとも思いませんでした。
ただ、好きでした。

冬の講義室で、冷たい朝日を浴びながら
真面目に講義をする猫背が 、
ときどき光る白髪が、
笑わなさすぎて下がりっぱなしの口角が、
歩き方が、
話し方が、
ただただ、好きでした。

卒業式には 長い間、
置いてきぼりをくらっていた気持ちを携えて
センセイにちゃんと、
生徒らしいお別れの挨拶をするつもりです。
これからもきっと、
ずっと 私は、センセイにあこがれていきます。
(もうすぐ社会人)

ことしの卒業シーズンのすこし前に届いた投稿です。
センセイにはきちんとお別れができたのでしょうか。
そしていまでも、あこがれは続いているのでしょうか。

川上弘美さんの小説『センセイの鞄』を思い出し、
久しぶりに読み返したくなりました。

文学的な空気も漂う内容だし、
思い出の曲はグレープだし、
ずっとむかしのように感じるのですが
これは若い方の投稿なんですよね。
20代のかたが、
ぼくらの大好きなさだまさしさんの曲を
こうして聴いているということ、
なんだかうれしく思います。

「ただ、好きでした」
「ただただ、好きでした」

ただ、好きな人がいる、というだけで
毎日が輝きますね。
もう、恋の成就はいらないや、
というくらいの気分になることもあったりして‥‥。

あこがれて生きていける人がいる、ということが
とても、うらやましいです。

そう、こういう思いは長持ちするんですよね。
その恋に縛られるという意味ではなく、
センセイを好きだという気持ちが、
これからずっと力になってくれる、
という意味です。

「グレープ」は、さだまさしさんが
デビュー時に組んでいたフォークデュオ。
「わすれもの」というアルバムは
かの「精霊流し」が入っている一枚です。

最後まで、
どうなるのかなと思いながら読みました。
「生徒としてのお別れ」という結末に、
残念なような、ほっとしたような気分になりました。

そして、そのお別れが、
いまから5ヵ月前のことであることを
なんだか不思議に感じます。
ついこないだのことで、
どう展開したにせよ、その日のことは、
まだひりひりとした思い出なんでしょうね。

つくづく思います。
いまこうしているあいだにも、
その人にとってかけがえのない恋や
ひどく切ないお別れや、
素敵な出会いや、誤解や仲直りなんかが
当たり前に進んでいるんですね。

そういった恋の話を、
この場に少しだけ
わけていただいていることを
たいへんありがたく思います。

それでは、次回は土曜日に
お会いしましょう。

2013-08-28-WED

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