たまねぎアメと 森繁パンダ。 〜黒柳徹子さんのお話〜

第13回 ねぇ、一回どう?
糸井 「徹子の部屋」はそれこそ、
いろんなゲストが来るわけですが、
黒柳さんは、もうずっと
やっていらっしゃるわけですからね。
黒柳 子どもたちは、
「カブトムシが欲しいな」と思ってるときは
ずーっとカブトムシ、カブトムシと思ってる。
だけど‥‥、例えば、森繁久彌さんという人は。
糸井 はい、はい。
黒柳 朝起きたときから、寝るまで
「女の人」って考えてる。
観客 (笑)
黒柳 あの人はもうほんとに、そうです。
あんな大人、わたし
会ったことないです。
糸井 あの持ち味はもう
天然なものなんですか?
黒柳 うーん、
それはわかんないです。
ちょっと、わかんないですね。
糸井 持ち味って、自分で訓練して
濃くはできますよね。
黒柳 はい。だけどやっぱり、持ち味は
ある程度は自分のもんだと思います。
糸井 そこから修行して、
どんどん女好きになっていく‥‥。
黒柳 うん、それはあり得ると思います。
糸井 きっとね。
黒柳 それと、あの人、ほかにあんまり
趣味がなかったから。
観客 (笑)
黒柳 森繁さんが88歳ぐらいのときかしら、
「徹子の部屋」にいらしたときのことですけど。
糸井 はい。
黒柳 まずお座りになったのでコーヒーをお出ししました。
持ってきた女性が、
「ミルク入れますか、お砂糖入れますか」
と訊いたら、フッ(笑)、あの方、
「あんた入って」
って。
観客 (笑)
黒柳 そんなことって、ふつう考えないじゃないですか。
森繁さんはずーっと考えてるんですよ、
女の人のことを、
朝起きてから、ずーっと。
糸井 そうなんですね(笑)。
黒柳 森繁さんと出会ったのは
55年ほど前のことです。
はじめてお会いしたとき、
テレビ番組の中で、
ふたりで並んで歩く機会があって、
小道から出るというようなときにね、小声で、
「ねぇ、一回どう?」
と、おっしゃったんですよ。
糸井 うん(笑)。
黒柳 で、そのとき、わたし
ちょっと若かったんで。
糸井 (笑)はい。
黒柳 21、2でね。
「一回」って、何を一回かな?
って、わかんなかったんです。
糸井 21、2でしたからね。
黒柳 浅はかだから、ちょっとね。
浅はかっていうか、
ちょっとバカだったもんですからね。
糸井 ふふふふ。
黒柳 それからは会うたんびに
「ねぇ、一回どう?」
と、必ずおっしゃるんです。
観客 (笑)
黒柳 「徹子の部屋」に何回目かに
お出になったときに
わたしは森繁さんに
「いつもお会いすると、
 一回どう? っておっしゃいますけど、
 はじめて言われたときはカマトトではなく
 ほんとに意味がわかんなかったんですよ」
と言ったんです。そしたら、
「キスじゃあ、ありませんよ」
だって。
糸井 はははははははは。
いいなぁ。
黒柳 でしょ?
糸井 ただただ、もうすごく、
練り上げられてますよね。
黒柳 どんなたいへんなときだって、
そんな話をしてるんですからね。
だってね、向田邦子さんが、
直木賞をおとりになったときね!
糸井 ときね!
黒柳 向田さんはそのとき、
テレビ界、出版界のスターでした。
わたしに、
「直木賞のお祝いの会の司会してくださる?」
とおっしゃるから
「もちろんです」
と引き受けました。
糸井 うん、うん。
黒柳 雑誌社にいた向田さんを
まずラジオに引っ張ってきて、
それからテレビの世界につなげていったのは
ほかでもない、森繁さんです。
つまり、向田さんの才能を
見つけた人なんですね。
観客 へぇえ。
黒柳 それはほんとなの。
その向田さんが直木賞を受賞したんですから、
やっぱり最初に森繁さんに
ごあいさつしていただかなくちゃ、
ということになりました。
森繁さんはそのあいさつで、冒頭、
こうおっしゃいました。
「あたしが、はじめて
 向田くんに会ったころ、
 向田くんは処女でした」
糸井 ははははは。
黒柳 フッ(笑)、もうみんな、
ドッと笑いました。
向田さんも、うしろ向いて
笑ってました。
糸井 はははは(涙)。
黒柳 あのとき、向田さん、
もう50歳ぐらいにはなってたのかしら?
50前かもしれないけど‥‥
あいさつで、いきなりですから。
糸井 はははははは(涙)。
黒柳 でもね、いやらしくはないんですよ。
何を思ってそう言ったかは
わかんないんですけどね。
糸井 はぁああああ〜。
黒柳 そういうことがいろいろあったんだけど、
向田さんが事故で亡くなって
20年目のとき、ご家族が
うんと親しい人だけお呼びになって
東京会館で、パーティを開いてくださったの。
「お花をくださる方もありますけど、
 もう20年経ちますので、
 もう向田邦子のこと、結構です、
 お忘れください」
って。
糸井 なるほど。
黒柳 そのとき、ごあいさつが
森繁さんだけ、ってことになったのね。
観客 (ざわざわ)
糸井 また‥‥。
黒柳 何を言うかな? と思ったら、こうですよ。
「向田くんとあたしが、
 いろいろあったという
 噂がありますが、
 それはほんとうにないです。
 ここで誓って言いますが、
 ほんとうにないです」
糸井 はははははははは。
黒柳 ねぇ‥‥フッ(笑)、この人、また
何言ってるのかわかんないわね、
と思ったわけですけど、
会が終わってから森繁さんに
「ねぇねぇ、ほんとほんと?」
って訊いたら、
「ほんとだよ」
って。
向田さんとは、誓って何もないって(笑)。
「でもあれは、そうだよ」
と、こっそり指差すわけですよ。
「あれもそう、あれもそう、あれもそう」
その会、女優さんがすごく多かったんです。
観客 (笑)
黒柳 それがあんまり
ウソでもなさそうなのよ。
糸井 はぁああ〜(笑)。
黒柳 テレビがはじまった頃、
「テレビに出たい、映画に出たい」
と、森繁さんを通して言ってた女優さんは、
みんな「そうなってる」という
噂は聞きました。
でもまぁそんなことはな、ないよな、
と思ってました。
糸井 ははははは。
黒柳 向田さんの死後、
『向田邦子の恋文』という本を
向田さんの妹さんがお出しになりました。
それを読んだら、
その時期、向田さんには恋人がいて不倫です。
しかも、その恋人が亡くなったとか
いろんなことがあって
森繁さんと、なんだかんだいってるような状況では
ほんとになかったと思います。
糸井 なるほど。
黒柳 森繁さんはやっぱり、ウソはついてなかった。
ですから、
「いつも森繁さんはわたしに
 一回どう? っておっしゃいますけど、
 それは絶対に、何があっても、
 忘れないでくださいね」
と言っておきました。
観客 (笑)
黒柳 一回どう? っておっしゃるのは、
そのままおつづけください、
もう、言っていただいたほうがいいですから、
つまりそれは、これだけ長くご一緒して
なんにもないってことですから。
糸井 ええ。
一回どう? のお話、実はまだつづく!
2010-04-08-THU
まえへ
このコンテンツのトップへもどる
つぎへ
(c)HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN