糸井 | 「徹子の部屋」はそれこそ、 いろんなゲストが来るわけですが、 黒柳さんは、もうずっと やっていらっしゃるわけですからね。 |
黒柳 | 子どもたちは、 「カブトムシが欲しいな」と思ってるときは ずーっとカブトムシ、カブトムシと思ってる。 だけど‥‥、例えば、森繁久彌さんという人は。 |
糸井 | はい、はい。 |
黒柳 | 朝起きたときから、寝るまで 「女の人」って考えてる。 |
観客 | (笑) |
黒柳 | あの人はもうほんとに、そうです。 あんな大人、わたし 会ったことないです。 |
糸井 | あの持ち味はもう 天然なものなんですか? |
黒柳 | うーん、 それはわかんないです。 ちょっと、わかんないですね。 |
糸井 | 持ち味って、自分で訓練して 濃くはできますよね。 |
黒柳 | はい。だけどやっぱり、持ち味は ある程度は自分のもんだと思います。 |
糸井 | そこから修行して、 どんどん女好きになっていく‥‥。 |
黒柳 | うん、それはあり得ると思います。 |
糸井 | きっとね。 |
黒柳 | それと、あの人、ほかにあんまり 趣味がなかったから。 |
観客 | (笑) |
黒柳 | 森繁さんが88歳ぐらいのときかしら、 「徹子の部屋」にいらしたときのことですけど。 |
糸井 | はい。 |
黒柳 | まずお座りになったのでコーヒーをお出ししました。 持ってきた女性が、 「ミルク入れますか、お砂糖入れますか」 と訊いたら、フッ(笑)、あの方、 「あんた入って」 って。 |
観客 | (笑) |
黒柳 | そんなことって、ふつう考えないじゃないですか。 森繁さんはずーっと考えてるんですよ、 女の人のことを、 朝起きてから、ずーっと。 |
糸井 | そうなんですね(笑)。 |
黒柳 | 森繁さんと出会ったのは 55年ほど前のことです。 はじめてお会いしたとき、 テレビ番組の中で、 ふたりで並んで歩く機会があって、 小道から出るというようなときにね、小声で、 「ねぇ、一回どう?」 と、おっしゃったんですよ。 |
糸井 | うん(笑)。 |
黒柳 | で、そのとき、わたし ちょっと若かったんで。 |
糸井 | (笑)はい。 |
黒柳 | 21、2でね。 「一回」って、何を一回かな? って、わかんなかったんです。 |
糸井 | 21、2でしたからね。 |
黒柳 | 浅はかだから、ちょっとね。 浅はかっていうか、 ちょっとバカだったもんですからね。 |
糸井 | ふふふふ。 |
黒柳 | それからは会うたんびに 「ねぇ、一回どう?」 と、必ずおっしゃるんです。 |
観客 | (笑) |
黒柳 | 「徹子の部屋」に何回目かに お出になったときに わたしは森繁さんに 「いつもお会いすると、 一回どう? っておっしゃいますけど、 はじめて言われたときはカマトトではなく ほんとに意味がわかんなかったんですよ」 と言ったんです。そしたら、 「キスじゃあ、ありませんよ」 だって。 |
糸井 | はははははははは。 いいなぁ。 |
黒柳 | でしょ? |
糸井 | ただただ、もうすごく、 練り上げられてますよね。 |
黒柳 | どんなたいへんなときだって、 そんな話をしてるんですからね。 だってね、向田邦子さんが、 直木賞をおとりになったときね! |
糸井 | ときね! |
黒柳 | 向田さんはそのとき、 テレビ界、出版界のスターでした。 わたしに、 「直木賞のお祝いの会の司会してくださる?」 とおっしゃるから 「もちろんです」 と引き受けました。 |
糸井 | うん、うん。 |
黒柳 | 雑誌社にいた向田さんを まずラジオに引っ張ってきて、 それからテレビの世界につなげていったのは ほかでもない、森繁さんです。 つまり、向田さんの才能を 見つけた人なんですね。 |
観客 | へぇえ。 |
黒柳 | それはほんとなの。 その向田さんが直木賞を受賞したんですから、 やっぱり最初に森繁さんに ごあいさつしていただかなくちゃ、 ということになりました。 森繁さんはそのあいさつで、冒頭、 こうおっしゃいました。 「あたしが、はじめて 向田くんに会ったころ、 向田くんは処女でした」 |
糸井 | ははははは。 |
黒柳 | フッ(笑)、もうみんな、 ドッと笑いました。 向田さんも、うしろ向いて 笑ってました。 |
糸井 | はははは(涙)。 |
黒柳 | あのとき、向田さん、 もう50歳ぐらいにはなってたのかしら? 50前かもしれないけど‥‥ あいさつで、いきなりですから。 |
糸井 | はははははは(涙)。 |
黒柳 | でもね、いやらしくはないんですよ。 何を思ってそう言ったかは わかんないんですけどね。 |
糸井 | はぁああああ〜。 |
黒柳 | そういうことがいろいろあったんだけど、 向田さんが事故で亡くなって 20年目のとき、ご家族が うんと親しい人だけお呼びになって 東京会館で、パーティを開いてくださったの。 「お花をくださる方もありますけど、 もう20年経ちますので、 もう向田邦子のこと、結構です、 お忘れください」 って。 |
糸井 | なるほど。 |
黒柳 | そのとき、ごあいさつが 森繁さんだけ、ってことになったのね。 |
観客 | (ざわざわ) |
糸井 | また‥‥。 |
黒柳 | 何を言うかな? と思ったら、こうですよ。 「向田くんとあたしが、 いろいろあったという 噂がありますが、 それはほんとうにないです。 ここで誓って言いますが、 ほんとうにないです」 |
糸井 | はははははははは。 |
黒柳 | ねぇ‥‥フッ(笑)、この人、また 何言ってるのかわかんないわね、 と思ったわけですけど、 会が終わってから森繁さんに 「ねぇねぇ、ほんとほんと?」 って訊いたら、 「ほんとだよ」 って。 向田さんとは、誓って何もないって(笑)。 「でもあれは、そうだよ」 と、こっそり指差すわけですよ。 「あれもそう、あれもそう、あれもそう」 その会、女優さんがすごく多かったんです。 |
観客 | (笑) |
黒柳 | それがあんまり ウソでもなさそうなのよ。 |
糸井 | はぁああ〜(笑)。 |
黒柳 | テレビがはじまった頃、 「テレビに出たい、映画に出たい」 と、森繁さんを通して言ってた女優さんは、 みんな「そうなってる」という 噂は聞きました。 でもまぁそんなことはな、ないよな、 と思ってました。 |
糸井 | ははははは。 |
黒柳 | 向田さんの死後、 『向田邦子の恋文』という本を 向田さんの妹さんがお出しになりました。 それを読んだら、 その時期、向田さんには恋人がいて不倫です。 しかも、その恋人が亡くなったとか いろんなことがあって 森繁さんと、なんだかんだいってるような状況では ほんとになかったと思います。 |
糸井 | なるほど。 |
黒柳 | 森繁さんはやっぱり、ウソはついてなかった。 ですから、 「いつも森繁さんはわたしに 一回どう? っておっしゃいますけど、 それは絶対に、何があっても、 忘れないでくださいね」 と言っておきました。 |
観客 | (笑) |
黒柳 | 一回どう? っておっしゃるのは、 そのままおつづけください、 もう、言っていただいたほうがいいですから、 つまりそれは、これだけ長くご一緒して なんにもないってことですから。 |
糸井 | ええ。 |