HOST
いっそあのホストに訊こう!

第6夜 バカだったなぁ、でも純粋だったなぁ



糸井 はじめて東京に来たとき、
リーゼントですか?
零士 リーゼントですね。
“クリームソーダ”ってクシ
ふところに入れて(笑)。
あったでしょ?
糸井 “ピンクドラゴン”とか。
零士 あー、ありましたねぇ!
そういう時代ですよ。
糸井 じゃあ、そこでは、静岡で通用してたものが、
「通用しないな……」って一回カベにぶち当たるの?
零士 あー、当たりましたね。
素直に認めましたね。
「あーダメだ!」って。
「俺はかんちがいしてたな」って。
ただ、それが財産だ、という感じで、
べつに恥ずかしくない。
俺は気づいたんだから、これはこれでいいんだ
、と。
だって、服ないですから、買うカネもないですから。
で、金縁でうすーい茶色のサングラスかけて、
割と顔が小さめなのに、サングラスは妙にでかいんですよ。
糸井 カマキリみたいに。
零士 そうです、カマキリみたいで。
当時、僕、体重55キロしかなかったですから、
今65キロくらいありますけど、
当時はひょろひょろで。
糸井 あの……“武器”っていうとさ、
高校生が普通に考えることだと、
バンドやるか、スポーツやるか、
どっちかじゃないですか。
まあ勉強できるってのは、あんまりモテないよね。
で、零士さん、今の3つ、どれも関係ないじゃない。
そこが不思議だよねー。
零士 ぜんぜん関係なかったですね。
だから、いいと思ったら、
なんでも食いつくんでしょうね。
糸井 例の“ガブガブ”ですか?
零士 ガブガブですねぇ。
だから、今思うと、あの時は、ちょっとこう、
顔が赤くまではならないけど、
バカだったなぁ……でも純粋だったなぁ。
本人は大まじめですから。
自信満々で東京に行って……。
今でも覚えてるのは、
渋谷のスクランブル交差点ありますよね、
あそこで、水色の上下のすっごい服着てたんですよ。
まるで、チケット売ってる……何でしたっけ?
「買うよー、あまってない?」って言う人。
糸井 ダフ屋?
零士 そーそー、ダフ屋みたいな、かっこうしてたんですよ。
それも上下、水色の服ですよ!
白のとんがったクツに。
今思えば、あれでイケてると思ってたのが、
渋谷のスクランブル交差点を歩いてて、
周りをバーッと見渡した瞬間ですよ、
「ちがう……俺はちがう……やっちまった……」。
横にいた友達を見て、
こいつはイケてるんだ、と。
糸井 フミヤ系だ。
零士 静岡に帰って、そのままそいつに
「どこで服かった?」って聞いて、
そのまんまその服屋行って、
自分なりにいろいろ訊くんですよ、
「実は、恥をかいた……、
 東京に行くのにナウいかっこうはどれだ?」って。
で、その店のお兄さんから教えてもらって、
シングルの三つボタンの茶系のジャケットに、パンツに、
スニーカーと革靴のまざった感じのクツをはいて、
かわいいっぽく、ブローチかなんかつけちゃったりして、
「ノータイで行ったほうがいいよ」なんて言われて。
で、初めてディスコに行ったんですよ。
まずは浜松で。
そして初めて、「俺は標準にもどったんだな」と思った。
で、決めたんですよ、東京行こうって。
「もう大丈夫だ!」。
糸井 早いね。
零士 早かったです。
それでサーッと行ったんですよ。
糸井 東京にアテがあったんですか?
何をやるかという。
零士 その友達が教えてくれたんですよ。
やっぱホストのメッカは新宿で、
いちばんでかい店は「愛」だと。
糸井 モテるやつが、その才能をそのまま商売にするなら、
新宿に行って……。
零士 ええ。
で、いちばんでかい店に入ったほうがいいと。
糸井 え、じゃすぐ店に入っちゃったわけ!?
零士 すぐ面接行ったんですよ。
糸井 ほかの商売なんにもしないで、
いきなり「愛」なの?
零士 そうですよ。
ただ、まあ、親父がレストランとか喫茶店やってたんで、
もともと料理好きだったんですよ。
だから外食産業やろうと思ってたんで、
自分でなんか料理したりするのは得意でしたよ。
実際やってましたから。
糸井 それは手伝ってるって感じで?
零士 親父の店だけど、
自分で一生懸命やってましたね。
糸井 それはでも、就職したわけじゃないですよね?
零士 就職してましたよ。
自分ちの店からちゃんと給料もらって、
やってました。
糸井 じゃ、「愛」に入ったのは何歳くらいですか?
零士 19歳ですね。
糸井 つまり、17歳の高校生で、
机に弁当がじゃんじゃん積み重なってるところから、
約2年で、イメージチェンジして……「愛」。
零士 「愛」です。

2000-05-18-THU
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