暮らしの中の小休止のように、
夢中になって没入できる編みものの時間。
ぎゅっと集中して、気がつけば
手の中にうつくしい作品のかけらが
生まれていることを発見すると、
満たされた気持ちになります。
編む理由も、編みたいものも、
編む場所も、人それぞれ。
編むことに夢中になった人たちの、
愛おしい時間とその暮らしぶりをお届けします。

前へ目次ページへ次へ

前編 ストイックスタイル。 女優 伊藤修子さん

 
『おっさんずラブ』や
NHK朝の連続テレビ小説『なつぞら』など、
ドラマや舞台を中心に活躍する女優の伊藤修子さん。
一度見たら忘れられない個性的な雰囲気で、
コメディエンヌとしてバラエティでも引っ張りだこです。

 
伊藤さんの編みものの腕前に驚かされたのは、
2015年に放送された『プレバト!!』の編みもの企画。
「編みものの才能査定」という企画で、
自らデザインと製図を行い、
オリジナルニットを制作。
一段に3色の毛糸を編み込んだセーターは、
ニットの貴公子とよばれる広瀬光治先生から
「才能アリ」のおすみつきをもらい、
見事1位を獲得しました。

 
一つひとつのモチーフが愛らしく、
パッと目を引くチャーミングなセーター。
「かなり大変でした」
と伊藤さんは当時を振り返ります。

 
「もともと編みものは好きだったんですが、
編むことはできても
デザインをしたことはなかったんです。
いろいろなセーターを参考に形を決め、
レトロな感じにしたかったので
柄は昔のニットブックを参考にしました。
これだけ派手な色を使って
編んだことがあまりなかったので、
配色を考えるのは楽しかったですね。
袖が縄編みになっているのも、ポイントです。
パピーのシェットランドという細めの糸で、
ゲージをつくって、サイズに合うように柄を決めて、
一つひとつ考える工程が大変でした。
もう一度やれ、と言われても
断ると思います(笑)」

 
小学生の頃から手芸が好きだったという、伊藤さん。
編みものは大学生になってから、
本格的にやるようになりました。

 
「美大に進学したんですが、
ファッション科の子に教えてもらって
編みものをやりはじめました。
売っているもので好みのものがなかったので、
自分でつくれるようになりたい
と思ったんです。
しばらくメリヤス編みやガーター編みなど
基本的な編み方ばかり練習していて、
マフラーくらいしか編めませんでした。
あまり、人に聞くこともできなくて、
独学だったので上達も遅かったんです。
小さな小物からはじめて
セーターを編めるようになるまで、
10年くらいかかってしまったと思います」

 
時間を重ねて、編むことを続けながら、
少しずつ上達してきた技術。
ヴォーグ学園に通って棒針の基礎を習うなど
熱心に編みものに打ち込んできた伊藤さんのニットは、
どれも手編みとは思えないほど
丁寧に編まれていて、
一着一着に対する愛情が伝わってきます。
思い入れのある大事なニットを、
ひとつずつ見せていただきました。
まずは、フェアアイルのマフラーです。

 
「古い編みものの本に載っていたものです。
ヴィンテージテイストのものが好きなので、
フェアアイルの柄がかわいいなと思って。
セーターよりは楽だろうと思ったらそんなことはなく、
かなり時間がかかってしまいました。
途中で手加減が変わってしまったり集中力が切れたりして、
ズレたところが気になってしまったので、
一度ハサミで切って目と目を手縫いでつないで、
ズレを編み直したんです。
母の知り合いがすごく褒めてくれて
『編んでほしい』と言われたんですが、即断りました。
編みはじめたら、出かけられなくなっちゃいます」

 
同じくフェアアイル柄の手袋も、
編み柄が細かくかなりの力作です。
「伝統柄が好きです。
自分でデザインするような自信はないし、
編み図を勝手に変えちゃダメじゃないか、
と思っちゃうところがあるので、
伝統柄が組み合わせられたデザインに
出会うと編みたくなります。
水色や赤など明るい差し色が入っているものが、
好きなのかもしれません」
三國万里子さんの作品も、
編んでくださっています。

 
「三國さんのギャラリーでの展示や
サイン会にもお邪魔したことがあるくらい、
三國さんの作品がとても好きです。
『アラン、ロンドン、フェアアイル
編みもの修学旅行』のものと、
『編みものワードローブ』のもの。
どちらも、しょっちゅう着ています」

 
「わりと太い針だったので、
思いのほか早くできた記憶があります。
ブリティッシュエロイカという糸も好きで、
よく使っていました。
カーディガンはボタンを一つずつ違う色にしました。
手芸屋さんを見つけると必ず入って、
ボタンを買いだめをしています」

 
セーターでもフェアアイル柄に挑戦。
こちらも、三國万里子さんのデザインです。
繊細な柄がきれいに表現されていて、
伊藤さんの編みものに対する
ストイックな姿勢が感じられます。

 
「これは、2年くらいかかってしまいました。
裏の処理もあって
ものすごく難しかったんですが、
できあがったときの達成感も大きかったです。
とくに、ハサミで首のところを
切って開くやり方がはじめてだったので、
すごく緊張しましたけど楽しかったです。
私の場合は、袖や裾など繰り返し編むところは、
撮影の待ち時間に何も考えずにできるので、
そこまで時間をかけずに一気にできるんですね。
一方で、模様編みは集中して編みたい。
柄が出てきたときは嬉しかったです」
作品の中から、
同じ形の帽子が3つ出てきました。

 
「3つとも同じものです。
帽子って、なかなか自分に似合うものが
見つけられないんですが、これはピッタリ。
糸と編みもの専門店のMOORITさんで見つけました。
クラシックな形が気に入ってしまって、
この帽子しか編みたくない、という時期があり、
3つも編んでしまったんです。
周りの方にもよく褒めていただけて、
共演した方から『同じものを編んでほしい』と
リクエストを受けてプレゼントしたこともあります」
最近のお気に入りは、
シンプルなシルエットの『働くセーター』。
つなぎ目も袖付けもないセーターは着心地が良く、
こちらも何枚も編んでいるそうです。

 
「意外とこういうシンプルなセーターってなくて、
理想の形を探すまで時間がかかってしまったんですが、
これは何色もあっていいなと思い、
帽子と同じく色違いで編んでいます。
このカーディガン以外に、
あと3枚くらい同じものがあります」

 
「指定糸のジェイミソンズで編んでいるのですが、
保温力がすごくて気持ちがいい。
決して簡単なわけではないので、
何度もやり直しながら編み進めているのですが、
私の編みものの友人はちょっとアレンジして、
編みやすくしている人もいました。
私は神経質なのか、
編み図通りに編まなきゃという気持ちがあり、
編み図に忠実に編んでいます。
ちょっとでもズレると気になってしまうんです。
せっかくきれいにできたので、
ボタンも気に入っているものをつけました。
ボタンの裏側に、革を丸くくり抜いたものを
外れにくいようにつけたのですが、
洗濯できなくなるというオチが。
付け替えなきゃいけません」

 
「同じものをいくつも編むのは、
修行のように大変です」と伊藤さん。
ですが、好きなものが明確だからこそ、
好みのデザインに出会うと嬉しくなり、
特別な気持ちのままストイックに
何枚も編めてしまうのかもしれません。

(後編では、香港愛がつまった伊藤さんの編みもの道具を見せていただきました)

写真・川村恵理

2026-11-05-THU

前へ目次ページへ次へ