「おもしろいってなんだろう?」
そんな答えの出ない問いについて
毎週じっくり話し合っているほぼ日の道場に、
はじめてのゲストとして、
アートディレクターの秋山具義さんを迎えました。
いつだって、チャンスを狙い続けてきた
アッキィさんの視点と発想の正体を、
糸井重里は「アキンディング」と名付けました。
いいアイデアを出したいと思っている人へ。
商人の現在進行形が、
なんだかヒントになりそうですよ。

この対談の動画は 「ほぼ日の學校」でご覧いただけます。

>秋山具義さんのプロフィール

秋山具義(あきやま・ぐぎ)

デイリーフレッシュ株式会社代表取締役、
クリエイティブディレクター/アートディレクター。
日本大学芸術学部デザイン学科客員教授。
iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。
1966年秋葉原生まれ。1990年日本大学芸術学部卒業。
同年、株式会社I&S(現I&S BBDO)入社。
1999年デイリーフレッシュ設立。
広告キャンペーン、パッケージ、ロゴ、
キャラクターデザインなど幅広い分野で
アートディレクションを行う。
主な仕事に、
東洋水産「マルちゃん正麺」広告・パッケージデザイン、
日本フェンシング協会「新国章」デザイン、
松竹「十八代目 中村勘三郎 襲名披露」ポスター、
立命館大学コミュニケーションマークデザイン、
AKB48「ヘビーローテーション」
CDジャケットデザインなど。
「日本パッケージデザイン大賞 2017」にて
「マルちゃん正麺カップ」が金賞受賞。
著書に『世界はデザインでできている』
『ファストアイデア 25』がある。
2016年より「食べログ」グルメ著名人としても活動。
2025年『カイカイキキ Hidari Zingaro』にて
自作の陶芸作品の個展「秋山具義の陶芸展」を開催。

ほぼ日ではメインキャラクター「おさる」をはじめ、
「ほぼ日手帳」「カレーの恩返し」のデザインなど
28年の間に数々の商品デザインを担当している。

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(2) 恩人たちの言葉。

ひらの
アッキィさんはセンスを鍛えようとして、
若い頃に意識していたことってありますか?
秋山
自分の中でのいろいろ気づきはありますよね。
知覚して、組み替えて、表現するっていう流れの中でも、
自分で見つけるものはあります。
ぼく、コンビニが好きで毎日行くんですけど、
「なんでこういう名前のカップ麺なんだろう」とか、
「なんでこのドリンクのラベルはこんな色なんだろう」
「なんでこんなネーミングなんだろう」
「自分だったらこうするのになあ」って、
毎日ムダに壁打ちをしているんですよね。
でも、意外とそれがムダじゃなくって、
瞬時に振られたときにも割と答えられるんですよ。
そういう体質ができているんじゃないかな。
糸井さんはもう覚えてないと思うんですけど、
ぼくのこと「反射」ってあだ名をつけたんです。
一同
(笑)
糸井
覚えてないけどさ、いいなあって思った。
ああ、おれはいいなあって感心しちゃったよ。
「はんしゃ系」の人だね。
秋山
反社じゃないです。
糸井
そこが重なってるのがいいよ。

秋山
それは本当に嬉しかったですね。
他にもすごいなと思った名前があって、
コピーライターの谷山雅計さんから聞いたんですが、
大学生のときに広告批評の編集部に
アルバイトで行っていたら、
そこで黒いネコが飼われていたんですって。
その名前が「ようかん」といって、
糸井さんがつけたんだって聞いたそうです。
今でこそ食べ物の名前を
ネコとかにつける人も多いですけど、
その走りなんじゃないかって。
ひらの
昔からセンスがあると思っていた糸井さんから、
仕事を頼まれることになるじゃないですか。
「どうやって力を発揮しようか」って
考えていたりするのでしょうか。
秋山
ほぼ日ができるちょっと前に、
お仕事でごいっしょしていましたね。
ぼくはもともと、中学生の時にNHKの「YOU」とか
「萬流コピー塾」「ヘンタイよいこ新聞」を見て育った、
サブカル中学生だったんです。
「おいしい生活。」とか「不思議、大好き。」とか、
糸井さんみたいな広告をつくっている人たちって
おもしろいことができそうだなあって思ったんですよ。
それから美大に入って広告代理店に入るんですけど、
いざ広告の世界に入ってみると、
想像していたおもしろい人があんまりいない。
「糸井さんぐらいなんだ、こういうことやってるの」
という最初の衝撃波がありましたね(笑)。
ひらの
ひええ。
秋山
でも、糸井さんにお目にかかれるチャンスは意外と早く、
新入社員の頃にやってきました。
原宿のクエストホールで
セゾングループのトークショーに出られていたんです。
ぼくは糸井さんを呼びに行くという役で、
すんごい緊張して「いいいっ、糸井さん‥‥」と
呼びに行ったのが、はじめて生で見た糸井さんでした。
その後は、PARCOの正月広告を担当していて、
カメやシロクマのビジュアルだけのポスターを
作っていたんですけど、宣伝部の方が
そろそろコピーを入れたいとおっしゃるんで、
「糸井さんがいいです」って言ってみたら、
本当に糸井さんとのお仕事が実現しました。
そこから「いっそ、美人に。」という
ファッションキャンペーンにも繋がっていきました。
メキシコのトゥルムで撮影して、
お土産にテキーラを買っていったんですよ。
ぼくね、糸井さんがお酒を飲まないって知らなくて。
それはセンスなかったなあと思います(笑)。
そんなお付き合いを経てからですね。
糸井さんに呼んでいただいて、
「ほぼ日」の立ち上げのお手伝いをしたのは。
ひらの
当時は「おさる」だけじゃなくて、
あらゆるデザインで頼りにされていたんですか。

秋山
基本的に担当は「おさる」だけです。
あ、でも最初の頃は
サイトで使うフォントはバラバラにしないで、
統一感を出したほうがいいんじゃないですかって
「ゴシックMB101」を提案したりはしました。
あと、ほぼ日手帳の最初のフォーマットも
お手伝いしたんだったかな。
ハラマキのデザインとか「T-1ワールドカップ」とか。
ひらの
全然おさるだけじゃない(笑)。
秋山
武井さんとはジムにずっと行ったりもしましたよね。
ふたりとも、なかなか痩せないんだけど。
シェフ
ありましたね、「ダイエット・ゲリラが行く!」。
だってさ、週に1回ジムに行くぐらいでしょ?
それじゃあ痩せませんよね。

秋山
話は「センス会社」に戻るんですが、
ほぼ日の「夢に手足を。」っていう言葉が、
やっぱり素晴らしいなと思うんですよ。
10歩先のことだと行き過ぎていて
受け取った人がついていけないんですけど、
半歩先ぐらいのちょっとしたズレに
センスを感じるんじゃないかなって思うんです。
「夢に翼を」なら世の中でもよく見かけて、
確かにカッコいいんですけど、
なんか手に届かなさそうな感じがしちゃうんです。
「夢に手足を。」という言葉があるだけで、
社員全員の心がひとつになるなと思ったんです。
今も自分の心の中に刻んで過ごしています。
ひらの
アッキィさんの若い頃は、
どんなふうにお仕事をされていたんですか。
秋山
ぼくね、20代の頃はけっこうイキってたんです。
ひらの
へえーっ!
秋山
若い頃ってデザイナーとして
アートディレクターの下につくんです。
ぼくも4人ぐらいのアートディレクターについて、
毎日すごい大変な量の仕事を抱えてました。
でも、ひとりで担当する仕事もあったんで、
人事に言ってアートディレクターの名刺を
勝手に作ってもらったんです。
しかも、ぼくの名前って本当は
道具の「具」に義理の「義」で
「具義(ともよし)」って読むんですけど、
名刺の読みがなを「グギ」に変えちゃいました。
ひらの
大胆な若手ですねえ。
秋山
そういう、ちょっと小生意気な若手だったんですが、
1995年に担当した仕事で、
ラフォーレ原宿でやった『ウメカニズム』っていう
楳図かずおさんの展覧会の
ポスターのデザインをしたんです。
楳図かずおさんの今まで描いてきた世界観を
黄色と赤の背景で表現して、楳図さんのフィギュアを
ホンマタカシさんに撮ってもらって。
そこに「ウメカニズム」って
文字がバーンと入ったようなデザインでした。

秋山
自分ではこれ結構いけてるなと思って、
ADC(東京アートディレクターズクラブ)に
出品していたわけですよ。
すると、会社に電話がかかってきて「井上です」と。
誰だろうなと思ったら、井上嗣也さんだったんですよ。
一同
おおーっ!
秋山
井上嗣也さんってすごいアートディレクターで
ぼくもすごい尊敬してる方なんですけど、
その井上嗣也さんが、こうおっしゃっていたんです。
「秋山くん、楳図かずおの展覧会のポスターを
ADCに出していたと思うけど、
賞どころか、年鑑に掲載もされないと思う。
投票のチップがあまり置かれてなかったからね。
でも、自分はいいと思ったからチップを置いた。
だから、掲載されないとか賞が穫れないからといって、
別のことをやるんじゃなくて、君はそれを続けなさい。
続けていたらきっと、誰かが見つけてくれるから」
と、わざわざ電話をかけてきてくれたんです。
ひらの
めちゃくちゃうれしい電話ですね。
秋山
ぼくの中では、本当にすごく、
助けられたという気持ちがありました。
ずっとその気持ちで続けられたっていう
思いがあるんですよね。
あとは、仲條正義さんの言葉も覚えています。
青木克憲さんが仲條さんの事務所で
アルバイトをしていたので、
大学生の頃や新入社員の頃に、
青木さんを通して作品を見てもらったりしていて。
たしか、22歳ぐらいのときかな。
「具義は遅咲きだな」って言われたんです。
「自分も40歳を過ぎてから世に出たからさ」って。
でも、その言葉でちょっと落ち込みましたよ。
糸井
ぷぷぷっ。
ひらの
これからプロになって、
世に認められたい時期ですもんね。
秋山
「遅咲き」を気にしていたんですけど、
そのあとでこんな話もあって。
仲條さんは内田春菊さんの漫画の装丁を
よくやっていたんですけど、
ぼくが内田さんとお会いしたときに
「仲條さんが『具義は雑草だ』って言っていたよ」って。
それがけっこううれしかったですね。
抜いても生えてくる、みたいな。
尊敬する人たちの言葉に
支えられてきたところがあるんじゃないかな。

(つづきます)

2026-06-07-SUN

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    「ほぼ日」の道場の教科書になりました。
    アッキィさんを若い頃からよく知っている糸井重里は、
    帯にこんなメッセージを寄せました。
    「秋山具義は、ものすごくたくさん拾ってくる。
    じっと観察してて、すばやくものにする。
    それを、また気前よく分けてくれる。」

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