
「安西水丸さんの絵」といえば、
さらりとした線と明るい色使いで描かれる、
唯一無二のあの絵が
すぐに思い浮かぶのではないでしょうか。
そんな絵を描かれた水丸さんは、
お仕事にも、それ以外にも「哲学」を持って
カッコよく生きられた方でした。
今回のイマコレキニジャーナルでは、
立川のPLAY! MUSEUMで開催されていた
「イラストレーター 安西水丸展
ぼくのあそび I DRAW TO PLAY」に、
水丸さんの直弟子であり、イラストレーターの
信濃八太郎さんと一緒にうかがいました。
しょっちゅう一緒にお酒を飲まれていたという
信濃さんからしか聞けない、水丸さんの絵やお人柄が
ますます魅力的に感じられるお話をお届けします。
撮影:中野正貴
安西水丸(あんざい・みずまる)
1942年東京⽣まれ。
⽇本⼤学芸術学部美術学科造形コース卒業。
電通、ADAC(ニューヨークのデザインスタジオ)、
平凡社でアートディレクターを務めた後、
フリーのイラストレーターになる。
1985年朝⽇広告賞、毎⽇広告賞、
1987年⽇本グラフィック展年間作家優秀賞、
1988年キネマ旬報読者賞など受賞多数。
⼩説『アマリリス』『荒れた海辺』、
エッセイ『⻘⼭の⻘空』
『スケッチブックの⼀⼈旅』、
絵本『がたん ごとん がたん ごとん』
『ピッキーとポッキー』など著書多数。
2014年没。
信濃八太郎(しなの・はったろう)
1974年生まれ。
日本大学藝術学部演劇学科舞台装置コース卒業。
在学中、安西水丸さんのゼミに出席していた。
重要文化財自由学園明日館勤務を経て、
ペーターズショップ&ギャラリーに
勤務したのち、独立。
イラストレーターとして活躍するなか、
2026年、著書『ミニシアターをたずねて』を発行。
#02
マンガから装丁へ
- 信濃
- これは「パントーン」といって、
もともとは印刷原稿をつくるときに
「この色でお願いします」と色を指定するために
使うものだったそうです。
それを、安西先生はあえて「画材」として
使ってらっしゃいました。
この、切り取った線が
もう安西水丸の線になっているところが
すごいですよね。
- ──
- シルエットがまさに水丸さんの絵ですね。
- 信濃
- これについてもおもしろい話があるんです。
Macのコンピュータが世界を席巻したときに、
色指定をしなくても
PCでイラストレーター自身が
色をつけられるようになったから、
パントーンが必要なくなって、
製造されなくなってしまったんです。
そこで、安西先生は「大変なことになった。
ぼくの仕事道具が生産中止になってしまった」と、
ぼくたちも含め、いろいろな人に
「使ってないパントーンがあれば譲ってほしい」と
聞いて回っていたんです。
その後、無事確保できましたかと尋ねたところ、
「もう当分困らないくらい集まったよ。和田(誠)さんにも
譲ってもらったんだけどさ、 使える色がなくって」
と笑ってらっしゃいました。
というのも、安西先生作品の色調と違って、
和田さんから譲り受けたパントーンは、
柿色やえんじ色などの渋めの
「和田カラー」ばかりだったそうなんです。
どこまで本当か冗談かわからない、
そんな先生らしい話のひとつです。
- ──
- あははは。たしかに、水丸さんの絵では
なくなってしまいそうですね。
『ひさしぶりの海苔弁』(平松洋子)『すいかの匂い』(江國香織)『ロング・バケーション』(北川悦吏子)の装丁画
- 信濃
- これなんか、衝撃的でしたよ。
「これでいいんだ!」って。
「平松洋子さんの『ひさしぶりの海苔弁』の装丁を
お願いしたいんですけど」と言われて、
これを出す勇気があるイラストレーターは
なかなかいないと思います。
- ──
- しかも、拡大されてます。
もとの絵は小さかったんですね。
『すいかの匂い』の装丁画も、
この線をパッと見ただけで「水丸さんだ」と
わかるのがすごいです。
- 信濃
- 先生は「水平線を1本描いて、
誰が描いたかわかるようにならないと
一人前のイラストレーターとは言えない」とも
おっしゃっていましたね。
ずっとそれを意識して
絵をつくってこられたそうです。
なにごとにおいても、哲学がある方でした。
水丸さんが装丁を手掛けられた本のコーナー
キャプションのいくつかは、水丸さんがお好きだったスノードームの形をしていました。「どこでも買えるし安いから、お土産を買ってきてくれる相手の負担にならない」という気遣いから、旅行に行く人にはスノードームを頼んでいたそうです。
- ──
- 水丸さんの絵は、本当に装丁にぴったりですね。
最初からこのような画風だったのでしょうか。
- 信濃
- 先生は、イラストレーターとして活動する以前に、
雑誌「ガロ」にマンガを描いていました。
作家で友人の嵐山光三郎さんに誘われて、
嵐山さんの書いた文章を漫画にすることに
なったんです。
そのとき、やっぱり「アートディレクターであり、
イラストレーター」としての意識が
あったのでしょうね。
これは当時、編集担当していた南伸坊さんから
教えていただいたのですが
それまではトビラはタイトルの文字だけで、
見開きから漫画が始まるのが一般的な
スタイルだったんですが、
先生はいきなりトビラに絵を持ってきたんです。
マンガの内容とはあまり直接の関係がない、
いわば「空気感をつくるための絵」でした。
のちに、嵐山光三郎さんの原作をもとに水丸さんが描いた『怪人二十面相の墓』の扉絵
- 信濃
- その発想に、当時のガロのマンガ家たちは
みんな驚いたんだそうです。
映画のコマ割りのようにも見えませんか。
このトビラの絵一点が、
イラストレーター安西水丸の原点のように
思うんです。
- ──
- ただ受け取ったものを絵にするだけでは
なかったんですね。
- 信濃
- そうなんです。その嵐山さんの短編マンガを
きっかけに、南伸坊さんが
「水丸さんの作品を描きませんか」と依頼して、
いずれ『青の時代』にまとめられる
私小説的なマンガが始まりました。
- 信濃
- 先生から聞いた話ですが、
当時は会社勤めもしていたのでとても忙しくて、
毎回、一晩で一気に描いていたそうです。
簡単な絵コンテだけ作っておいて、
下書きもなしに描いていくスタイルだったとか。
- ──
- そんな、ジャジーなスタイルだったんですね。
- 信濃
- コマと物語の
セッションみたいなものですよね、たしかに。
『普通の人』の展示
- 信濃
- 安西先生の連作マンガ『普通の人』も、
初めて読んだ時は爆笑しましたね。
いま読むと時代的に「大丈夫なのかな」という
表現もあるけど....(笑)。
「朝か、 なんかダサイぜ」ってなんでしょうね。
- 一同
- (笑)
- 信濃
- 先生はマンガであっても、
「ひとコマひとコマ、イラストレーションのつもりで
描いている」とおっしゃってました。
1枚の絵として取り出しても
成り立つように描いていると。
だから、こんなふうに1枚が大きく見える展示は、
先生もよろこばれると思います。
映画エッセイの挿絵
- ──
- 水丸さんといえば、
似顔絵もよく描かれていた印象です。
- 信濃
- ここにも先生の名言がありまして、
「似すぎるのは下品だ」っていう(笑)。
村上春樹さんが「水丸さんには矢印があるからね」
と言ったというのも有名な話ですね。
似顔絵が似ていなければ、横に名前を書いて
矢印でつなげばいいと。
あ、まさにこれですよ。
石原裕次郎の似顔絵。「水丸さんには矢印という強い味方があるからね」(村上春樹)と書かれています。
- 信濃
- 同時に、かわいい絵本も
描かれていたんだから、すごいですよね。
『ピッキーとポッキー』は、
ご自身のお子さんに読ませてあげたい
という気持ちで描かれていたそうです。
- ──
- このお顔がたまらないです。
- 草刈
- ここからは、村上春樹さんと和田誠さんとのお仕事を
まとめた展示になります。
- ──
- わーっ、すごい。
見たことのある装画がたくさん。
- 信濃
- イラストレーターにとって驚きなのが、
大きな絵を描くときの緊張感と、
こういった小さな絵を描くときの緊張感が、
安西先生は変わらないんですよ。
小さいサイズの絵
大きめな絵
- 信濃
- 普通、手に馴染むサイズ感があって、
だいたいみんな同じくらいのサイズで描くことが
多いんですけど、安西先生は大きい絵でも
全然普通に描けちゃうんです。
どうやって描いていたのか、
いまでも気になります。
さっき、嵐山光三郎さんとのお仕事のなかに
『チューサン階級ノトモ』という本がありましたが、
あの版もずいぶん小さかったはずです。
『チューサン階級ノトモ』弊社の会長の似顔絵もありました。
- ──
- たしかに、大きい絵も小さい絵も、
水丸さんらしさが通底しています。
言われてみれば、ふしぎですね。
- 草刈
- こちらは、水丸さんと和田誠さんが、
同じお題で1枚の紙に描いたシリーズです。
- 信濃
- 和田誠さんは、安西先生が憧れていた大先輩でした。
左側に先に描くほうがテーマを決めて、
もうひとりがそのテーマに沿って描くという
シリーズなんですよね。
あまり相談しないで、お互いの描くものに
任せていたそうです。
展示を見ていたらたまたま一緒になった
和田誠さんの奥さまの平野レミさんは、
「どっちが和田さんの絵?! こっち?!
そっくりだからわかんないわ」 と
おっしゃっていましたけど(笑)。
- ──
- レミさんにしか言えないことですね(笑)。
「はい、チーズ」
- 信濃
- これも、秀逸なアイディアですよね。
和田さんが描いたカメラのレンズの位置に、
顔じゃなくて風船を持ってくるという‥‥。
安西先生も和田さんも、
お互いにひとひねりしたアイディアを入れ合う
センスや感覚が似ていたんだと思います。
「雲上の人」
(明日に続きます)
2026-09-01-TUE
-
「イラストレーター 安西水丸展
ぼくのあそび I DRAW TO PLAY」は
閉幕していますが、PLAY! MUSEUMでは、
2026年7月18日(土)から9月27日(日)まで
「誕生50周年記念 ノンタン ずっとともだち!!!」展を
開催しています。
こちらもPLAY! MUSEUMらしい
くふうの詰まった展示、楽しみです。信濃さんの著書
『ミニシアターをたずねて』は、
全国の書店で販売中です。日本中のミニシアターを巡り、
そのオーナーさんから
それぞれのミニシアターが持つ物語を聞いた本です。
読むだけでももちろん楽しく、
旅行などの参考にもしたいなあと思いました。
「自分の地元にこんなおもしろい
ミニシアターがあったんだ!」という
嬉しい発見もありますよ。また、PLAY! MUSEUMでの安西水丸さんの展示は
終了していますが、武蔵野美術大学 美術館・図書館で
2026年9月14日(月)〜10月25日(日)に
「安西水丸とイラストレーション
──絵があって、ぼくがいた。」が
開催されます。
水丸さんの絵を観てみたいと感じられた方は、
こちらにも足を運んでみてください。
信濃さんも登壇されるトークイベントもあります!
イベントについて、詳しい情報は以下をご覧ください。「イラストレーターズトーク:水丸さんから教わったこと、学んだこと」
- 日時
- 9月19日(土)14:00–15:30(13:30開場)
- 会場
- 美術館ホール
- 出演
- 山﨑杉夫、信濃八太郎、いとう瞳
- 入場無料、先着順(予約不要)。直接会場へお越しください
- お問い合わせ
- 武蔵野美術大学 美術館・図書館
042-342-6003、m-l@musabi.ac.jp
