JR郡山駅から、車で1時間ちょっと。
美しい湖のほとりに、
どこから撮っても素敵な写真になりそうな
洋館が建っています。
シュルレアリストといえばこの人、
おヒゲのサルバトール・ダリの作品所蔵数で
世界4位を誇る、諸橋近代美術館です。
ダリの他にも。印象派など西洋近代絵画や
イギリスの現代作家・PJクルックさんなど、
同館所蔵の作品をたっぷり拝見しました。
ちなみに毎年、同館は、
11月初旬から4月半ばすぎまで冬季休館。
(2024年は11月10日まで開館中)
お休み直前に、同館の久納紹子さんと
石澤夏帆さんに、おうかがいしてきました。
担当は「ほぼ日」奥野です。

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第6回 ハルスマンと、ダリの大作。

──
そして最後4本目の柱が、
写真家のフィリップ・ハルスマンさん。
有名なダリのポートレイトを撮った人。
石澤
はい、そうですね。ラトビアの出身で、
主にアメリカで活躍していました。
第二次世界大戦で亡命するんですけど、
同じような境遇のダリと出会い、
そこから、37年間にわたって
共同で作品制作する関係になりました。
──
そんなに長く! 作品‥‥というのは、
ようするに写真作品ってことですよね。
写真によって、ダリのイメージを、
世界中に定着させたのはこの人ですか。
石澤
はい。よく見かける写真は、
もう少しヒゲが長いバージョンですが。
この写真は、初期の作品なので‥‥。

──
あ、もっと長いんでしたっけ。
そうか、これはまだ伸びきってないと。
石澤
はい、ちょっと短いです(笑)。
ここから、けっこう伸びてまいります。
こちらの作品は、
何かの煙が立ち上っているかのように
見えるかもしれませんが、
実際は、ダリが水槽に頭を突っ込んで、
口に含んだ牛乳を吹き出してるんです。

私は原子爆発に思いふける I Personally Indulge in Atomic Explosions 1954(Photo by Philippe Halsman © The Philippe Halsman Archive) 私は原子爆発に思いふける I Personally Indulge in Atomic Explosions 1954(Photo by Philippe Halsman © The Philippe Halsman Archive)

──
おおお‥‥そういう場面。
石澤
その瞬間を撮って、反転した写真です。
──
現在ではパソコンの写真加工アプリで
簡単にできてしまうような画像も、
こうして、
工夫とアナログでつくってたんですね。
こちらはダリの顔を斜め下から撮って、
自慢のヒゲを時計の針に見立ててる?

石澤
ハルスマンとヒゲをモチーフにした
写真集をつくったのですが、
この作品は、そのなかの一枚ですね。
──
やはりダリは「ヒゲ」というものを、
一種のキャラクターというか、
自分と言えばのトレードマークや特徴として
捉えていたんでしょうか。
石澤
ダリには、自らのヒゲを筆に見立てて
キャンバスに向かっている
《自然は私に最高の道具を与えてくれた》
という名前の作品もあります(笑)。
──
つまり、ヒゲこそが
自分にとって「最高の道具」である、と。
石澤
最初は、比較的短いヒゲだったのが、
ハルスマンと再会したときに、
ものすごーく伸びていたそうで、
ハルスマンが、
ヒゲを題材にしたポートレイトを
撮りはじめたという経緯があります。
──
ダリのヒゲっていうかダリの顔って、
写真家としては、
撮りたい被写体なんでしょうかね。
どこか「写欲」を刺激するというのか。
石澤
そうかもしれません(笑)。
そして、この企画展エリアを抜けると、
最後、常設展示のエリアです。
1枚の大きな絵と、
たくさんの彫刻作品を展示しています。
──
ダリって、こんなにも超巨大な絵も
描いてたんですね。
はじめて見たとき、びっくりしました。
作品名は、《テトゥアンの大会戦》。

サルバドール・ダリ《テトゥアンの大会戦》1962年 油彩/カンヴァス 304cm× 396cm © Salvador Dalí, Fundació Gala-Salvador Dalí, JASPAR Tokyo, 2024   B0814 サルバドール・ダリ《テトゥアンの大会戦》1962年 油彩/カンヴァス 304cm× 396cm © Salvador Dalí, Fundació Gala-Salvador Dalí, JASPAR Tokyo, 2024 B0814

石澤
同じスペインの画家
マリアノ・フォルテューニの同名の作品に
感銘を受けたダリが、
オマージュのようにして描いたものです。
1860年の「スペイン軍モロッコ進駐」を
作品のテーマとしています。
騎馬兵の中には、
ダリとともに妻ガラの姿も描かれています。
──
どこだろう‥‥あ、ダリはこの人かな?
ほぼ中央で馬にまたがっている人。
石澤
そのとなりが、ガラですね。
このガラの勇ましく剣を振り上げるさまは、
ダリを世界的な芸術家へと導いた
「敏腕マネージャー」としての奮闘ぶりを
表現しているようでもあります。
──
似てたりするんですか。
もともとの《テトゥアンの大会戦》の絵に。
石澤
いえ、似ているとは言えないと思います。
あくまでダリらしさ全開で描いています。
──
ダリがこんな大きな作品を描いたことって、
他にも例はあるんですか。
石澤
日本で見ることができるダリの大作としては、
非常に希少ではないかと思います。
むしろ、比較的ちいさな作品が多いので。
おそらくもっとも有名な《記憶の固執》も
ちいさいですし。長辺30センチほど。
──
人間が無数に描かれてる昔の宗教画って、
あるじゃないですか。あんな感じがします。
無数の人間とか、
何だか神さまみたいな巨大な女性とか、
地平線とか。
大原美術館の高いところにかかっている、
レオン・フレデリックの
《万有は死に帰す、
されど神の愛は万有をして蘇らしめん》
って作品、
あれもものすごい数の人がいたけど‥‥。
石澤
意外かもしれませんが、
ダリは宗教的な題材も好んで描いてます。
印象派やキュビスム的な影響を受ける一方で、
アカデミックな絵画も重要視していました。
──
そういうイメージは、ありませんでした。
ダリと言えば、
奇想天外な人みたいな印象が強かったので。
久納
画家としての筆力、描写力については、
非常に優れたものを持っています。
幼少期から
きちんと絵の勉強をしてきた人ですから。
たしかな技術のうえに、
ある種の独創的なイメージが乗っている。
──
なるほど、そういう画家だったんですね。
わかってませんでした。
で、最後の最後は、彫刻作品がズラッと。
立体作品も、こんなにつくっているんだ。
あらためてですけど、
マルチな才能を持っていた人なんですね。
久納
ジュエリーや香水瓶のデザインなども
手掛けていますし、
スキャパレリとコラボレーションをして、
ファッションにも関わっています。
あと、映画もつくっていたりしますよね。
『アンダルシアの犬』という。
ダリは、脚本に関わっていたそうですが。
──
女の人の目玉を刃物で切るやつ‥‥。
蟻も盛大にウジャウジャしてて‥‥。
久納
ヒッチコック映画の
舞台芸術も担当していたりするんですよ。
さらにディズニーとのコラボでつくった
『デスティーノ』というアニメ、
途中で頓挫して、ダリの生きている間は
ずっと製作が止まっていたんですが、
2000年代になって、やっと完成したようです。
──
ダリが生きているときって、
世間からは何だと思われていたんですか。
やっぱり芸術家‥‥ですか。
自分の顔を作品にもしているし、
タレント的な捉え方もあったのかなあと。
久納
やはり「芸術家」だったとは思いますが、
CМやアメリカのテレビ番組のトークショーにも
出演したりしているようです。
作品と同等かそれ以上に
アーティスト本人のキャラクターだとか
顔が立っている‥‥という意味では、
芸術の世界でも
ダリは先を行っていた人だと思います。

常設展示されているダリの彫刻作品の数々 常設展示されているダリの彫刻作品の数々

──
なるほど。
久納
ですから、何となく作風は知ってるけど、
くらいの人が当館の作品を前に
「えっ、こんなに描ける人だったんだ!」
みたいに驚くこともあるようです。
──
シュルレアリストの人って、
いろんな手法を生み出すじゃないですか。
デペイズマンとか、グラッタージュとか、
フロッタージュ、コラージュ、
デカルコマニー‥‥
ダリも何かそういうのやってたんですか。
久納
ダリにおいては
「偏執狂的=批判的」方法が有名です。
妄想などを、
あくまで意識的に描く手法なのですが。
──
妄想。
久納
エルンストにしても、
自分を無意識において描くという手法を
さまざま試みるわけですが、
やっぱり、どこかで限界に突き当たる。
そんなときにブルトンはダリと出会って、
シュルレアリスムの可能性を見出したんです。
──
なるほど「技法」ではないアプローチとして
「偏執狂的=批判的」方法は、
ある種新発明というか、
他のシュルレアリストとは一線を画してますね。
ブルトンのグループの人とは、
少し毛色のちがう人だったんでしょうか。
久納
そうかもしれません。
──
でも、ブルトンから決別されても、
「自分は、シュルレアリストである」と、
自認してはいたんですか、ダリは。
久納
ハルスマンとの共同制作でも
《シュルレアリスムとは、私自身だ》
という作品を残していますし。
ダリの代表作である《記憶の固執》の
セルフパロディで、
歪んだ時計がダリの顔になっています。
ダリのポートレイト写真を
卓球台で歪ませて、
それをアナログで合成してるんですが。
──
ある意味「クビになった」とはいえ、
シュルレアリスムという
その言葉じたいに嫌悪感はないどころか、
「自分こそシュルレアリスムだ」と。
ちょっと不思議な心理のような気もする。
久納
シュルレアリスムは超現実と訳されます。
現実を飛び超える「超」ではなく、
「超かわいい」の「超」で、
「強度の現実」を意味します。
他人からしたら夢のように見えるけど、
描いた本人にとっては
真っ向から現実を描くようなもの、なんです。
──
なるほどー。巖谷國士さんも
『シュルレアリスムとは何か』の中で、
「超現実」の
「現実との連続性、地続きである」という点を、
つとに強調していました。
久納
ダリ本人も、幼少時のトラウマや
自身の現実と向き合いながら
作品をうみだしているので、
やはりシュルレアリストなんだと思います。
──
一般的に「シュルレアリスト」といえば、
真っ先にダリの名前が挙がりますもんね。
久納
ダリの作品は、子どもが雲のかたちから、
「アイスクリームみたいだ」と思って、
アイスクリームのような雲を描く、
その延長上にあるような気がするんです。
つまり造形としてパッと理解できるので
感覚的に子どもでも楽しめるし、
大人が見ても童心に戻れる、
そんなシュルレアリスムじゃないかなと。
──
たしかに「難しい」って感じはないです。
どこかキャッチーっていうか。
久納
そういうところに、ダリらしい
シュルレアリスムがあるのかなあなんて
思ったりします。

交わる照明 Cross Lighting 1967(Photo by Philippe Halsman © The Philippe Halsman Archive) 交わる照明 Cross Lighting 1967(Photo by Philippe Halsman © The Philippe Halsman Archive)

(終わります)

2024-11-06-WED

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  • 今回の取材でくわしく紹介している展覧会
    『コレクション・ストーリー
    ー諸橋近代美術館のあゆみー』は、
    11月10日(日)までの開催。
    その後は、来年の春まで冬季休館です。
    ダリの版画、ゴッホやモネなど西洋近代、
    英国の現代アーティスト・PJクルックさん、
    そしてダリと共同で写真作品をつくった
    フィリップ・ハルスマンと、
    諸橋近代美術館さんが所蔵する
    4つのカテゴリすべてから作品を展示。
    ダリの大作《テトゥアンの大会戦》や
    数々の彫刻作品は常設展示。
    なお、諸橋近代美術館が所蔵している
    ダリの油絵作品は、
    いま、全国を巡回しているところ。
    来年6月まで、
    秋田市立千秋美術館(11月10日まで!)→
    大分県立美術館→横須賀美術館→
    広島県立美術館と、全国をまわるそうです。
    諸橋近代美術館のダリが
    お近くにきたら、ぜひ見てみてくださいね。
    こちらのページ
    くわしい巡回スケジュールがありました。

    書籍版『常設展へ行こう!』 左右社さんから発売中!

    本シリーズの第1回「東京国立博物館篇」から
    第12回「国立西洋美術館篇」までの
    12館ぶんの内容を一冊にまとめた
    書籍版『常設展へ行こう!』が、
    左右社さんから、ただいま絶賛発売中です。
    紹介されているのは、
    東京国立博物館(本館)、東京都現代美術館、
    横浜美術館、アーティゾン美術館、
    東京国立近代美術館、群馬県立館林美術館、
    大原美術館、DIC川村記念美術館、
    青森県立美術館、富山県美術館、
    ポーラ美術館、国立西洋美術館という、
    日本を代表する各地の美術館の所蔵作品です。
    本という形になったとき読みやすいよう、
    大幅に改稿、いろいろ加筆しました。
    各館に、ぜひ連れ出してあげてください。
    この本を読みながら作品を鑑賞すれば、
    常設展が、ますます楽しくなると思います!
    Amazonでのおもとめは、こちらです。

    常設展へ行こう!

    001 東京国立博物館篇

    002 東京都現代美術館篇

    003 横浜美術館篇

    004 アーティゾン美術館篇

    005 東京国立近代美術館篇

    006 群馬県立館林美術館

    007 大原美術館

    008 DIC川村記念美術館篇

    009 青森県立美術館篇

    010 富山県美術館篇

    011ポーラ美術館篇

    012国立西洋美術館

    013東京国立博物館 東洋館篇

    014 続・東京都現代美術館篇