植物観察家の鈴木純さんの本を読んで、
身近な草花の魅力に衝撃を受け、
ほぼ日の學校の講師をお願いしました。

「ナズナのペンペンと音がする、
ハート型の部分の中には何が入っている?」
「ネジバナの
花の奥にある黄色いカタマリとは?」

いわゆる雑草もよくよく見ると
魅力がいっぱい。あなどれません。
鈴木さんのお話を聞いた前後では景色が一変。
いつもは気にかけていなかった
雑草が愛おしくなりますよ。
ほぼ日の學校での公開収録の様子をお届けします)

担当/かごしま  
ライティング/桜田容子

>鈴木純さんプロフィール

鈴木 純(すずきじゅん)

植物観察家。
1986年、東京生まれ。
東京農業大学で180種類の樹木を覚える授業を受け、
葉っぱ一枚一枚に個性があることに衝撃を受ける。
そこから植物観察の日々が始まる。
大学卒業後は、青年海外協力隊に参加し、
中国で2年間砂漠の緑化活動に従事する。
帰国後は仕事と趣味を通じて
日本各地の野生植物を見て回り、
2018年にまち専門の植物ガイドとして独立。
著書に『そんなふうに生きていたのね
まちの植物のせかい』、
『種から種へ 命つながるお野菜の一生』
(ともに雷鳥社)、
『子どもかんさつ帖』(アノニマ・スタジオ)など。
近著は写真絵本『シロツメクサはともだち』
(ブロンズ新社)。
NHK「ダーウィンが来た!」の取材協力や
番組出演なども。

この対談の動画は後日「ほぼ日の學校」でご覧いただけます。

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第1回 「植物観察家」って何をする人?

司会者
今日は、道端に生えているお花とか
植え込みに生えている草とか
身近な植物や雑草の魅力について、
教えてもらいたいと思っています。
どうぞよろしくお願いいたします。
一同
(拍手)
鈴木
えー、どうも植物観察家の鈴木純です。
いわゆる、「植物ガイド」です。
植物の解説を、野山ではなくて
まちなかでやるということを
テーマにして仕事をしてきて、いまは7年目です。
まちなかに生息している植物を
観察する「観察会」を開いたり、
植物の生態がわかるような写真を撮ったり、
植物関係の本を執筆したりしています。

鈴木
なぜ植物ガイドを本業にしようと思ったかというと、
会社員時代の経験がもとになっています。
ぼくは独立前、旅行会社に勤めていたんですよ。
その会社は、社長が面白い方で
外国で野生の植物を見るツアーを作りたいといって
できた会社なんです。
どのような場所に行くかというと、
たとえば、マレーシアのジャングル。

鈴木
これはマレーシアの写真なんですけれど、
ジャングルを数時間歩いていくと
「ラフレシア」という花に出合うわけです。
ラフレシアは、東南アジアの熱帯雨林に
生息する世界最大の花といわれていて、
強烈な匂いを発することでも有名です。
種類も十何種類とあり、けっこう多い。
珍しい植物を見に行くツアーをしたこともあります。

鈴木
ジャングルを歩いているだけで
ぼくたちにとって奇妙に感じるウツボカズラなどの
食虫植物とか面白い植物が、
林のいたるところに、ぶら下がっている。
ところ変われば植物も変わるわけで、
現地に行くと、
その土地ならではの植物に出合えるのが、
とても面白いんです。

鈴木
中国の四川省にも行きました。
標高4000m超の高地を、四輪駆動車で
丸2日ぐらいずっと走り続けたこともあります。
乗っているだけでもつらいのに、
風が強くてほんとうに寒い。
高地に行くと
植物の形そのものも変わっていくんです。
たとえば、キク科のアザミ亜科のひとつ、トウヒレン属。
上のほうの紫色の部分が花なんです。

鈴木
この葉っぱには白い毛がいっぱい
生えているんですが、
よく見ると、
寒さと乾燥を防げるつくりになっている。
俗に「セーター植物」と呼ばれる植物で、
セーターを着込むようにして生きているんです。
こうした珍しい植物を見ることだけが
目的じゃありません。
四川省の山の上の高原に行くと
青いケシの花が咲いている場所がある。

鈴木
青いケシって植物好きの人にとっては
一生に一度は見てみたいという花なんですよ。
こういうのが10㎞ぐらいにわたって咲いている。
夢のような景色が目の前で広がっているんです。
こうやって仕事を通していろんな植物を
見られることが、
ぼくはほんとうに幸せだと思っていて
もう一生この仕事をしていたいというぐらい
たのしんでいました。
でも、だんだん悩みが出てきたんです。
ぼくは東京農業大学に通っていたので、
大学時代の友達とは植物の話をしても
けっこう盛り上がるんですけど、
小中学校時代の友人とか幼馴染には、
あまり伝わらない。
なぜだろうと、ふしぎだったんですけど、
だんだん、気がついてきました。
外国の山奥だったり、
何時間もかけて歩いていかないといけない秘境だったり、
普通はとうてい見られない植物の話をしても
ピンと来ないのは当然なんじゃないか、と。
そこで、ちょっと発想を変えることにしました。
身近な場所をフィールドにして
身のまわりにある植物をたのしめるようにしたら、
もっとたくさんの人に
植物の面白さを伝えられるんじゃないか―――。
そしたら、すぐにでもやりたくなっちゃって
会社を辞めて独立した、というわけです。

鈴木
じつは「植物観察家」という肩書き、
独立して最初に仕事をくれた方がつけてくれたんです。
その人は、NHKテキストの
『趣味の園芸』の編集長を務めていた方です。
ある日、その人が、
「うちの会合で、ちょっと話をしてみないか?」
と、誘っていただいて。
会社員時代は「◯◯社の鈴木です」って、
自己紹介していたんですけれど、
フリーランスになったら
名前の前につける言葉がないんですよね。
どうしようかと悩んでいたら、
当日、その人が、
「植物観察家の鈴木純くんです」と紹介してくれたんです。

鈴木
それが、ぼくはけっこう気に入っちゃいまして。
以来、使わせてもらうことにしました。
ぼくは植物を研究しているわけではないから
研究者とは名乗れない。
研究者なら再現性が求められるような観察や
客観的な観察が科学では必要です。
そうした研究を自分もしてみたいという憧れはあります。
でもぼくが普段行っているのは、主観的な科学。
目の前にある植物のどこに、自分は驚いたか、
そうしたごく個人的な見方を
人に伝えたいなぁと。
自分だけの驚きや発見に出合っていきたいと
ずっと思っていたんです。
それで「植物観察家」っていいなと思っていまして。
それにもしかすると、テレビやラジオの出演、
本や記事の執筆など
いろいろなところからお声がけいただいているのは、
この肩書きのおかげかもしれない、とも思うんです。
受け取る側に、解釈の余地があるんですよ。
もし、「植物ガイドの鈴木純です」
と名乗ったとしたら、
その時点でやっていることがわかっちゃいますから。
「植物観察家」というとよくわからないから、
興味が湧くと思うんです。
同じことが、植物観察でもいえると思っています。
植物への知識を深めていくとき、
植物の名前を知るのは、すごく大事なこと。
ぼくも観察会のときは、
はじめに、植物のここにこういった特徴があるから、
この植物だと見分けられますといった
名前の話からスタートすることが多い。
名前を知ることで、
認識できるし、調べることもできますから。
だけど、名前を知ってしまうと、
満足しちゃうことってありませんか?
まさに昨日の話なんですけれど、
庭にオオイヌノフグリが生えていたんです。
この草です。

鈴木
どこにでもいる草なので、
「オオイヌノフグリか〜」と、チラッと見て、
素通りしそうになったんです。
でも、「ちょっと待てよ。ぼくは、
オオイヌノフグリのことを本当に知っているんだろうか?」
と、自分に問い直して、改めて見てみたんですね。
花が咲いていた。しかも、茎がすごく長い。
オオイヌノフグリは、先端に花が咲いていて、
実が根元のほうについている。
そして、根元に行けば行くほど、
実は大きくなる。
「いつも花ばっかり見ちゃうけど、
花が咲いたら実がつくのは当然だよな」
と思って実に視線を落としてみると、
ほかにもいろんなことに気づきました。
「オオイヌノフグリの実は、ハート型なんだと」

鈴木
そして、実の中から種を取り出して
接写で写真を撮ってみたら、種がお椀型をしていたんですよ。
さらによく見ると
お椀の部分に白いものがくっついていたんです。
「この白いものはなんだろう?」と考えてみて、
行き着いたのは、
「エライオソーム」という、
アリが好きな物質がくっついているんじゃないか
ということ。

鈴木
図鑑を見たら載っていることかもしれません。
でも、そのまえに自分なりに推測することを
ぼくは大事にしたい。
そして観察して、予想が合っているかどうか
見届けるんです。
アリは通常、植物についている
エライオソームというものを取りに来るんですが、
多くの場合、種とエライオソームは
しっかりくっついているから、
エライオソームだけ取ろうとしても、難しい。
そこで仕方なく、アリは種ごと巣に運んでいくんです。
そうやってアリが種を運ぶという現象があるんですけど、
もし仮に、ぼくが昨日見たオオイヌノフグリの白い筋が
エライオソームなのだとしたら、
まさにオオイヌノフグリの種を
アリが運ぶんだろうな、というところまで
予想ができたんです。
だから、じつは今日は早く家に帰りたいんですね(笑)。
帰って、オオイヌノフグリの種を取って
地面に置いて、それを眺めたい。
もしアリが近寄ってきてその白い筋に興味を持ったり
つかんで巣に持っていったりしたら、
それはエライオソームの可能性が出てきます。
というわけで、
身近にいる植物のオオイヌノフグリひとつ取っても
まだまだ知らないことがあるわけです。
オオイヌノフグリって名前を知ってしまうと、
すべてを知っているような感じがしちゃうんですよ。
でも昨日、全然知らないということがわかったんですね。

(つづきます)

2024-06-28-FRI

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  • 写真絵本「シロツメクサはともだち」

    鈴木 純 著
    (ブロンズ新社、2024年)

    身近な草花の代表格でもある
    シロツメクサの実態に迫る写真絵本。
    つぼみ、開花、一つ一つの花の姿から、
    花がしおれて、実がなり、種ができるまでなど
    いろいろな角度から観察しています。
    植物観察のおどろきと感動に
    出合える一冊です。

     

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