いまから2年ほど前、
NHKのディレクター保坂慶太さんに
取材させていただきました。
当時、保坂さんがはじめようとしていた
プロジェクトが、
とっても興味深かったからです。
それは「WDR」といって、
脚本家を公募して選抜チームをつくり、
ワクワク・ドキドキの止まらない
連続ドラマをつくる‥‥というもの。
あれから2年、そのプロジェクトから
ひとつのドラマがうまれました。
それが10月5日(土)から放映される
連続ドラマ『3000万』。
このたび再び、保坂さんに聞きました。
担当は「ほぼ日」の奥野です。

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第4回 脚本よりおもしろいドラマを。

──
今回、ずっと考えてきたプロジェクトを、
実行してみて、
もちろん、大変だったとは思いますけど。
保坂
大変でした(笑)。
──
おもしろかったですか?
保坂
いやあ、おもしろかったです。ホントに。
めちゃくちゃ大変でしたけど、
でも、やっぱり、すごくおもしろかった。
完全に納得できる脚本で、
現場で「おもしろい、おもしろい」って
みんなで言いながら撮れるって、
最高だなって思いながら撮影してました。
──
いいなあ。
保坂
やっぱり撮影がいちばん楽しかったです。
物語の脚本をつくる「苦しみ」を終えて、
それが「おもしろい」ということを
いちいち納得しながら、
確認しながらつくれることのすばらしさ。
──
ゼロから関わってきてますから、
いつも以上に、思い入れも強いですよね。
保坂
そうですね。
立ち上げから審査、「WDR」の7ヶ月、
4人でシリーズ開発する期間、
もう、それぞれに苦しかったんですけど、
もともと
「何人かのチームで脚本をつくるという
新しいアプローチで、
連続ドラマをつくりたいんです」
と周囲に言ってみても、
そんなの無理だよって感じだったんです。
──
そうだったんですか。
保坂
だから、ここまで来られたということが、
まずは、うれしいです。
すごく、ぜいたくなことだと思うんです。
4人の脚本家の才能を結集して、
ひとつのドラマをつくれたわけですから。
──
そうですよね、冷静に考えれば。
ふつうはひとりの脚本家が、4人もいる。
保坂
それに今回、脚本だけじゃなく、
現場のスタッフも最高なんです。
安達祐実さんと青木崇高さんをはじめ、
キャストはもちろん、
助監督やロケハンを担当する制作、
美術や技術もですし、
カーアクションチーム、
音の設計や編集、記録など、
すべてのセクションで、
すばらしいメンバーに恵まれたんです。
──
やりたいことがやれた、という感じ?
保坂
そうですね。
──
また、やりたいですか?
保坂
これがねえ(笑)。
──
ははは(笑)。
保坂
もう、簡単に「はい!」と言えないくらい、
大変な仕事だったので。
でも、今回のドラマが放送されて、
「このアプローチなら、
新しいことやおもしろいことができそうだ」
ということを、みんなに感じてもらえたら、
またチャレンジしたいです。
自分だけ「ほら、おもしろいでしょ」とか、
自己満足では続けられないので。
時間とエネルギー、
それなりの予算をかけるだけの価値がある、
そう思ってもらえるなら、またやりたい。
──
できれば続けてほしいなとぼくも思います。
チームで脚本を書くという方法で
「ドキドキ、ワクワクする連続ドラマ」を
「開発する」ということプラス、
「新しい才能を発掘する」
という側面も大いにあるプロジェクトだし。
保坂
そうですね、その視点も大切ですよね。
こういった場を設け続けていくことで、
才能発掘の機会を
きちんとうみだしていくことは、
公共放送の存在意義を考えても
重要だと思っています。
その意味では、脚本家のみなさんにも、
もっとお支払いできるようにしたくて。
──
あ、ギャランティというか。
保坂
はい。もうちょっとお支払いできないと、
夢のある職業にはならないぞって、
ぼく個人としては、感じてはいるんです。
──
たしか、7ヶ月間の「WDR」期間にも、
参加していた10人には、
ギャラを払ってらっしゃったんですよね。
保坂
アイディアをご提供いただく対価として、
お支払いをしていました。
でも、やっぱり、足りないと思うんです。
現状のままでは、ぼくは。
アメリカで脚本を学んでいたときの
担当の先生なんか、
制作スタジオと年間契約を結んでいて、
はっきりとは言えませんが、
それこそ桁違いの金額みたいだったので。
──
制作の仕組みだけじゃなく、
経済の仕組みも、変えていきたい‥‥と。
保坂
もちろんトップクラスの作家の話ですし、
同じレベルにというのは、
すぐには難しいかもしれませんが、
「いちばんはじめのクリエイティブ」が
どれだけ大事か‥‥が、
海外の人たちは、わかってるんですよね。
──
だって種子の部分ですもんね、ドラマの。
それがなければ、何もうまれないわけで。
現状は、なかなか「好き」ってだけでは、
続けられない感じなんですか?
保坂
残念ながら、そうだと思います。
──
でも、そのあたりのことって
保坂さんたちだけががんばってもダメで、
業界全体の課題なんでしょうね。
保坂
そのとおりです。
いまは外資も入ってきていますから、
「脚本の価値の見直し」が、
少しずつ、進んでいくとは思います。
でも、スピード感としては
まだまだゆっくりしてると思うんです。
はやくどうにかしなければ、
志す人が本当にいなくなってしまいます。

──
そこまでの危機意識を持ってらっしゃる。
いまの話に関係あるかわかりませんけど、
ドラマの演出、
つまり脚本を映像化するところでは、
AIって、どういう状況なんでしょうか。
保坂
演出において?
──
つまり、脚本をAIでつくるだけでなく、
文字の脚本から映像を生成したり、
みたいな未来‥‥でも、その場合、
役者さんもAI俳優になっちゃうのかな。
それだと、見てる側のぼくらだけでなく、
つくり手の側も含めて、
誰がおもしろいと思ってやってるのかが、
わかんなくなりそうですね。
保坂
どうなんでしょうね。AIかあ。
10名での企画開発時に
ChatGPTを使ってプロットを書いてみた、
という人もいましたが、
ぼくはまだ不勉強です。
──
あの分野の進化の速度を考えると、
そんな未来も現実化しちゃうのかなあと
思ったりするんですが、
でもやっぱり、ぼくとしては、
AIさんじゃなく、
保坂さんが演出したからこそ、
素晴らしかったよねって思いたいんです。
人間がやっていてほしい。
理由はよくわからないんだけど。
保坂
おそらく、アイディアをもらうことなら、
AIを活用する場面はありますよね。
たとえば、交通事故のシーンの見せ方を、
バリエーション出してもらうとか。
つまり、映像の選択肢を出してもらって、
こっちで取捨選択をする、
そういう活用の仕方としてはあるのかも。
結局、生身の俳優が演じる場合には、
対人関係、人とのコミュニケーションが、
絶対に必要になるので。
──
かなり「人間臭い仕事」ですよね、そこ。
保坂
撮影だったり、照明だったり、
演技だったりに対して、
ちょっとしたニュアンスがちがうときに、
どんなふうに伝えるか。
この人は、一緒に考えて
自分で気づいてもらったほうがいいとか、
この人は、直接的に言ったほうが
理解してもらえるとか、
そのへんの塩梅については、
AIに任せられるようなイメージは、
まだちょっと、ぼくの中にはないですね。
──
そういう細やかな気遣いというか、
人間的なコミュニケーションをするには、
AI自身も「傷つく心」が必要なのかも。
AIは傷つかないですよね、たぶんまだ。
『インターステラー』のロボットも、
何の未練もなく割り切って死んでいくし。
保坂
これまで、人間の細やかさで担っていた
対人コミュニケーションの部分は、
まだ難しいんじゃないかなとは思います。
いま話していて、
VFXの延長線上にあるような気がしました。
ぼくらも今回、VFXを使っていますが、
意識したのは「アナログ感」だったんです。
──
ええ。アナログ感。
保坂
映像というのは、
小説のようなテキストだけの表現とはちがって、
実際に「肉体」を動かしますよね。
キャストも含めて、
現実に物体として存在するものを動かす。
そこってやっぱり、
どんなにVFXの技術が進歩しても、
完全には置き換えきれないと思うんです。
──
かすかな「違和感」ってありますもんね。
やっぱり。
保坂
その「違和感」を、いろいろがんばって
どうにか「バレにくく」してる。
で、バレにくくすることで
没入感が生まれるし、
リアリティを感じられるんだと思ってる。
ということは、つまり、できることなら
「アナログで撮った方がいい」。
でも、現実世界にはルールがあるので、
たとえば、
派手な事故シーンをリアルには撮れない。
──
そういうところが、VFXの出番。
保坂
だから、できればアナログで撮った方が
いいよねって考えると、
いまのところ、AIの活用方法も、
「人間がうまく使いこなす」
ということでしかないだろうと思います。
──
仮にAIで
脚本からドラマが生成できたとしたって、
それは「演出」というのとは、
何だか、ちょっとちがうような‥‥。
保坂
そうですね、
きっとデジタルな演出というか、
それっぽいことは出来るんだと思うんですが、
リアルな人が介在する
「アナログな演出」と比較すると、
違和感が生まれるのではないでしょうか。
──
なるほど。
保坂
それに「脚本以上におもしろくすること」が、
演出の存在意義だと思ってるんです。
──
おお‥‥!
保坂
完成した脚本の状態から、
いかに最終形態に仕上げていくか‥‥が、
演出の仕事。
もっといえば、腕の見せどころなんです。
どんなに素晴らしい脚本をいただいても、
ぼくらは、
それよりおもしろいドラマをつくりたい。
──
脚本をそのままなぞって、
脚本と同じ映像をつくるんじゃないんだ。
演出というものは。
保坂
どんなに素晴らしい脚本だったとしても、
もっと、おもしろいドラマをつくる。
そこがぼくら演出の勝負だと思ってます。

(つづきます)

2024-10-07-MON

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  • WDRプロジェクトからうまれた 連続ドラマ『3000万』は 10月5日(土)夜10時、第一話放映。

    いまから2年とちょっと前に
    保坂さんがはじめたWDRプロジェクトから、
    ついに連続ドラマがうまれました。
    タイトルは『3000万』。
    安達祐実さん、青木崇高さん演じる夫婦が、
    偶然に遭遇した事件から、
    ドロ沼にはまっていくクライムサスペンス、
    だそうです。
    取材の都合上、第1話だけ拝見しましたが、
    すでにして、
    ドキドキ・ワクワクが止まらなそうな予感。
    全8話、みなさんと一緒に、
    しばらく
    土曜の夜を楽しみにしたいと思います!

    土曜ドラマ『3000万』
    NHK総合
    10月5日より毎週土曜夜10時放送