「どんな聡明な人でも、失敗はする。
背筋が寒くなるけれど、
読みだしたら止まらない」
糸井重里が以前、面白く読んで、
コメントを寄せた世界的ベストセラー
『失敗の科学』という本があります。
著者のマシュー・サイドさんが
急遽来日されるということで、
糸井にも会いに来てくださいました。
「失敗」を未来への力に変えるには、
どんな考え方でいればいい?
マシューさんがいくつもの著作を通じて
伝えようとしてきた、根底にある
思いの部分を教えてもらいました。

>マシュー・サイドさんプロフィール

Matthew Syed(マシュー・サイド)

1970年生まれ。
英『タイムズ』紙の第一級コラムニスト、
ライター。
オックスフォード大学哲学政治経済学部
(PPE)を首席で卒業後、
卓球選手として活躍し、
10年近くイングランド1位の座を守った。
英国放送協会(BBC)『ニュースナイト』のほか、
CNNインターナショナルや
BBCワールドサービスで
リポーターやコメンテーターなども務める。
日本語で読むことができる著書には
『失敗の科学(Black Box Thinking)』、
『多様性の科学(Rebel Ideas)』、
『勝者の科学(The Greatest)』
『才能の科学(Bounce)』がある。

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2.知性も才能も、努力によって伸びるもの。

糸井
マシューさんはご自身で会社もされていますが、
どんなことをされているのでしょうか。
マシュー
私の会社はビジネス向けの
コンサルタントをおこなっていますが、
私たちが特に焦点をあてているのが
「マインドセット」(考え方の傾向)ですね。
簡単に言うと、人々の考え方を
「固定型マインドセット」から
「成長型マインドセット」へと変えていくことが
非常に重要だと考えていて、
そういう面からのサポートを
させていただくことが多いんです。

糸井
「固定型マインドセット」から
「成長型マインドセット」へ。
マシュー
はい。
「固定型マインドセット」の人は、
「才能や能力は生まれつきほぼ決まっていて、
変えることができないものだ」と考えます。
しかしこういった考え方をしていると、
失敗が起きたとき、それが
「自分の才能のなさを示す証拠」
になってしまい、
「失敗したら諦めることが合理的」
という判断になります。
ですが「成長型マインドセット」を持つ人は、
才能の重要性も感じながらも、
「とはいえ、いちばん大切なのは、
自分の能力をどう活かすかだ。
知性も才能も努力によって伸びるもの」
と考えるんですね。
こういう心持ちでいることが、
成長するための秘訣です。
糸井
ああ、それは行動も変わるでしょうね。
マシュー
はい。これは、私の失敗談とともにお伝えすると、
より理解しやすいかと思うんですが。
糸井
ぜひお願いします。
マシュー
私は若いときに卓球選手をしていました。
ですが、20代の終わりに世界ランキングが
だんだん下がりはじめたことで、
自分を変える必要性を感じはじめたんです。
そこでイギリスの日刊新聞である
「タイムズ(The Times)」紙に電話をかけ、
スポーツ欄の担当者に
「数ヶ月後にオリンピックに出場するのですが、
記事を書かせてもらえませんか」
と伝えたんです。
そこから記事を何本か送りましたが、
しばらく何も動きがなく、
どうなったんだろうと思っていたんです。
ですがオリンピックまであと1か月というとき、
急に、私が最初に送った原稿が
「タイムズ」のスポーツ欄に掲載されました。
あまりに嬉しくて、わたしは友だちに配るために
新聞屋さんでその新聞を
20部買ったんですけれども。
糸井
嬉しいですよね(笑)。
マシュー
そのとき、記事が掲載されたことで、
予期しなかった出来事も起きたんです。
投資銀行のゴールドマンサックスから
電話がかかってきて、
「あなたの記事の内容が大変気に入りました。
このテーマについて世界中の
トップトレーダーたちに講演していただけませんか」
という依頼があったんです。
それで引き受けたのですが、
そんなに簡単にはいきませんでした。
「インポスター症候群(imposter syndrome)」
という言葉があるのですが、
自分がその機会にふさわしくない、
まるで嘘つきであるかのような感覚が
押し寄せてきて、完全に参ってしまいました。
それまで人前でスピーチを
ほとんどしたことがなかったですし、
「私のような単なるピンポンの選手が
著名なトレーダーたちに話をするなんて、
大丈夫なんだろうか‥‥」と
ものすごくナーバスになってしまったんです。

糸井
ああ、なるほど。
マシュー
ですからそのときは、スピーチの原稿を
頭から終わりまですべて書き上げた上で、
当日、会場に向かいました。
とはいえ極度に緊張していて、
「失敗が怖い」
「うまくできなかったらどうしよう‥‥」
そんな思いで頭がいっぱいだったんですけど。
それで会がはじまったのですが、
私がスピーチを読み進めるにつれ、
会場の雰囲気が、
だんだん冷めていくのがわかりました。
3分の2くらいまで進んだところで
誰かがヤジをとばしました。
正確な言い方は覚えていませんが
「なんだよこれ、いい加減にしろよ!」
みたいな感じで、とにかく彼らは
私のスピーチをまったく楽しんでいなくて、
「大失敗した!」と確信しました。
そのときの帰りの電車での
惨めな気持ちと言ったら、言葉になりません。
「もう誰かにスピーチを頼まれても
2度としないぞ」と心に決めました。
糸井
ええ。
マシュー
ですが、お伝えしたいのは、
さきほどの「マインドセット」の部分です。
わたしがもしそのまま、
「固定型マインドセット」の発想をしていたら、
まさにそこで
「この失敗は自分に能力がない証拠だ。
諦めるべきだ」
という判断を下していたでしょう。
ですが私は、その屈辱的な経験のあと
48時間ほど経って、気持ちを切り替えて、
「いや、この経験から自分は学んで
これをきっかけに
人前で話すスキルを改善できるのでは」と、
「成長型マインドセット」で考えはじめたのです。
糸井
おおー、すごい。
マシュー
それでGoogleで「人前で話す練習」と検索すると
「Toastmasters」という、
パブリックスピーチなどを学ぶ
国際的な非営利教育団体が最初に表示されまして、
わたしはさっそく地元の
「Toastmasters」に行きはじめました。
そこから、ほかの人たちと集まって
講演したり学び合うなかで、
「失敗する恐怖を克服する力」
「場の空気を読む力」
「人々に刺激を与えるアイデアを生み出す能力」
などを、ゆっくりと身につけていきました。
もちろん、最初はまったく上手では
ありませんでした。
ですが「Toastmasters」は安全な空間で
経験を積める場所なんですね。
そういう場所でたくさん失敗を重ねることで、
講演などもできるように、
自分のコミュニケーション能力を
伸ばしていくことができたのです。
糸井
「能力は伸ばせるんだ!」と思うことが
できたから、一歩を踏み出せたんですね。

マシュー
そうなんです。
だからそんなふうに、
「成長型のマインドセット」で考えるようにすれば、
自分に起きた失敗を「諦める理由」ではなく、
「成長のための踏み石」として
捉えることができるようになります。
さらに言えば、失敗というものが、
「自分がなれる最高の自分」へと
向かうための強い原動力になります。
糸井
いいですね。
マシュー
また、大事なのは、いまのお話のなかでの
私にとっての「Toastmasters」のように、
「安全に学べる場所があること」
だと思っていますね。
ちょっとした場面でも、
「なにか問題が起きるかも」と
恐怖に怯えていると、行動できなくなりますから。
自分が理解できてないのがバレるかもしれないし、
発言もしたくなくなってしまう。
そんな環境だと成長は難しいんです。
だけど「失敗しても大丈夫だ」という環境があり、
そこで安心感とともに行動できれば、
人生を冒険に変えることができます。
糸井
マシューさんは、
ご自身の会社の運営にあたっても、
いまの考え方を役立てられていますか?
マシュー
そうですね。すごく助けになっています。
たとえば、
「固定型マインドセットでいる」というのは、
すごく頭のいい才能のある人にとっても、
大きな危険要素になりうるわけです。
彼がもし「いまの自分が完璧であり、
そこから能力はほとんど変わることはない」
みたいに考えてしまっていたとしたら。
なにかがうまくいかなかったとき、
彼はそれを学ぶ機会だと捉えられず、
「自分のプライドを傷つける大きな脅威」と感じ、
間違った方向に進んでしまう可能性もあるわけです。
ですが、マインドセットは
変えられるんですね。
だからそういう、すごくスキルがあるのに
考えが凝り固まっているメンバーがいる場合には、
彼が「成長型のマインドセット」を
持てるようになる手助けを、リーダーがしてあげる。
それができれば、彼をそこから
成長路線に乗せてあげることができると
思っていますね。

糸井
「まだまだ成長できるんだ」と
本人が思えると、行動が変わりますよね。
マシュー
また、「成長型マインドセット」というのは、
リーダー自身にとっても重要なんですよ。
チームで仕事をするとき、メンバーの誰かが
それまでと違うすばらしいアイデアを
思いついたとします。
それはチーム全体にとっても喜ばしいことですよね。
ですがそのとき、リーダーが
「固定型マインドセット」でいたとします。
すると、いいアイデアに対して
「わ、こいつは私より賢いところを
見せつけたいんだな」と防御的になって、
せっかくの建設的な意見を遮断して、
アイデアの流れを止めてしまう
可能性があるわけです。
だけどそこでリーダーが
「成長型マインドセット」を持っていると、
彼は賢く学びますから。
メンバーの声に耳を傾け、新しいアイデアを取り入れ、
チーム全体でより効果的な結果を出すことができます。
もしかしたらそれは、リーダーの意見に
反対するようなものかもしれないわけです。
ですが、建設的な反対意見というのは、
組織に劇的に良い変化をもたらしてくれる
可能性が大いにありますから、
そういうものをきちんと取り入れられる姿勢が
リーダーにあると、ものすごくチームを
大きく育てていけたりするんですね。

(つづきます)

2025-12-27-SAT

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    失敗の科学
    Black Box Thinking

    マシュー・サイド 著

    「10人に1人が医療ミスという
    実態がなぜ改善されないのか」
    「墜落したパイロットは
    なぜ警告を無視したのか」
    「検察はなぜDNA鑑定で無実でも
    有罪と言い張るのか」
    オックスフォード大を首席で卒業後、
    卓球選手としても活躍し、
    2度五輪代表になった経歴も持つ
    異才のジャーナリストが、
    医療業界、航空業界、グローバル企業、
    プロスポーツチームなど、
    さまざまな業界を横断し
    失敗の構造を解き明かした一冊。
    失敗に通じる「見えない原因」と、
    一流組織が備える、失敗を防ぐための
    「学習システム」について学べます。
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