元気な男の子ふたりを育てる
シングルマザーのなおぽんさん。
ふだんは都内ではたらく会社員ですが、
はじめてnoteに書いた文章が話題になり、
SNSでもじわじわとファンを増やしています。
このたび月1回ほどのペースで、
子どものことや日々の生活のことなど、
なおぽんさんがいま書きたいことを、
ちいさな読みものにして
ほぼ日に届けてくれることになりました。
東京で暮らす親子3人の物語。
どうぞ、あたたかく見守ってください。
石野奈央(いしの・なお)
1980年東京生まれ。
都内ではたらく会社員。
かっこつけでやさしい長男(11歳)と、
自由で食いしん坊な次男(7歳)と暮らす。
はじめてnoteに投稿した記事が人気となり、
SNSを中心に執筆活動をはじめる。
好きなものは、お酒とフォートナイト。
元アスリートという肩書を持つ。
note:なおぽん(https://note.com/nao_p_on)
Twitter:@nao_p_on(https://twitter.com/nao_p_on)
この家に引っ越してきたのは、4年前、
初秋の頃だった。
持ち込んだのは必要最低限の家具のみ。
実家が近かったこともあり、
家族3人ほぼ身ひとつでやってきた。
古いアパートの冬は、
ときに外よりも寒く感じるものだ。
そんなことは露知らず、
のんびりと構えていた。
無情にも季節は巡り、
まだカーペットもない部屋で初めての冬を迎えた。
リビングには、実家からこっそり持ち出した
無印良品の「人をダメにするクッション」がひとつ。
兄弟でサル山のように乗り合って使っていた。
冷たいフローリング床から足を浮かせるため、
ふたり協力してひとつのクッションの上に
うまくおさまっている。
そんなある日、ついにクッションが破裂し
ビーズが一面に散らばって、
部屋が雪景色になった。
寝室の六畳和室には
シングル布団を二枚並べて寝ていた。
ネットで見つけたお手頃価格の
「通年使える布団セット」はとても軽く、
何もかけていないかのように寒かった。
耐えきれず、ニトリの「Nウォーム」を追加購入。
いちばん安い薄手のものだったが、
暖かさに身も心も救われた。
4年経った今も、ボロボロになりながら
息子たちに愛用されている1枚だ。
すこしずつ生活を整え、
必要なものをそろえていった。
2度目の冬を迎えるころには、
家具や家電がそろい、
兄弟のプライベートスペースを作るための
組み立て式二段ベッドも購入した。
上段は冬場に少し暖かいかもしれない
という期待もあった。
母ひとり、
傷だらけになりながら組み立てた超大作だ。
遠巻きに作業を眺めていた長男は、
出来上がりをみて「それ、耐震強度はどうなの?」と
不安そうにいった。
母の腕を完全に疑っている。
しばらくは2段目に上ろうともしなかった。
その年の夏、
「クーラーをつけたままにすると電気代が節約できる」
というライフハックを耳にした。
確かに効果があったので、
「冬も暖房をつけたままのほうがいいかもしれない」
と考え、試してみた。
しばらくして電気料金の請求書が届いたとき、
暖房で温まっていた心身が凍りついた。
暖かい部屋が確保できると、
冬の味覚を楽しむ余裕も生まれる。
空気が澄み、冷たい風が吹き始めたら、
ベランダに野菜乾燥ネットを吊るす。
「干し仕事」は、冬ならではの楽しみだ。
息子たちの大のお気に入りは、
Twitterで知った干し肉。
基本のレシピは、
鶏むね肉を濃いめの塩水に漬け、一晩干したあと、
フライパンやオーブンで火を通して完成させる。
わが家流のアレンジは、
塩分をさらに濃くし、ミックススパイスも加えて
冷蔵庫でじっくり漬け込む。
それを晴れた日に2、3日干すと、
本家より少しかための鶏むねジャーキーが完成。
兄弟のおかずにも、私のお酒のおつまみにもなる逸品だ。
この年は、よく晴れた寒い日が続いたので、
ひと月以上かけて「干し豚」も作った。
息子たちにはフライパンで炙って皿に並べ、
わたし用にはごく薄くスライスして
オリーブオイルと挽きたての黒コショウで和え
小皿に盛った。
「あれ、もう1回つくってほしいなぁ」
と長男がリクエストしてくれるが、
昨年は天候が安定せず断念。
今年はどうなるだろう。
記憶が確かなら、昨年の冬、東京でも何度か雪が降った。
寒さに耐えかね、
わが家もついにホットカーペットを導入した。
1.5畳の小さな縦長タイプ。
さっそく、息子たちは毛布をかぶって
「ひとりコタツ」を発明した。
増え続ける本棚の影響で
すっかりせまくなったリビングに、
毛布をまとったモコモコのふたりがころがって、
じっとテレビを見ている。
まさに足の踏み場もなくなった。
長男はホットカーペットがよほど嬉しかったらしく、
得意げに「ぼくの家、床暖房になったんだよ」と、
野球チームメイトに自慢していた。
そして、まもなく4度目の冬が訪れる。
新たなアイテムとして
鍋タイプのホットプレートを迎え入れた。
リビングのちゃぶ台で鍋を囲むのは息子たちの夢だった。
今までは危なっかしくて避けていたが、
5年生と2年生になった今年なら大丈夫だろう。
お出汁を火にかけて沸騰するまでの間に、
冷蔵庫の豚ロース薄切り肉と
ありったけの野菜を引っぱり出して刻み、
息子たちにしゃぶしゃぶを体験させた。
2人は興奮し、
夢中になって肉を「しゃぶしゃぶ」し続け、
あっという間に1キロ近くの肉が消えた。
息子たちの喜ぶ姿には満足だが、
家計を守る母としては痛い誤算だった。
食事が終わってしばらく経つと、
家じゅうが湿気ていることに気づいた。
部屋で鍋を炊きつづけた上に、
メンテナンスしていなかった換気扇は
だいぶ効きが悪くなっていた。
カーテンを開けると窓は結露で真っ白。
わっと兄弟が寄ってきた。
はやく拭きとりたいわたしを横目に、
落書きタイムが始まった。
長男はあれこれ熟考してから、
「大吉」と大きく指で描いた。
「なぜ『大吉』?」と聞くと、
「明日の朝、カーテンを開けたときに
母さんが大吉を引いた気分になれるでしょ」と、
スマイルマークも添えた。
次男は「メロンパン」と書き、
「母さんがぼくにメロンパンを買うのを思い出すでしょ」
と、兄をマネて満足げだった。
しばらくするとスマイルマークは水滴でくずれ、
汗のようにも涙のようにも見えた。
わたしはさっと拭きとり、
息子たちに向き直って、にっこり微笑んだ。
イラスト:まりげ
2024-11-26-TUE