元気な男の子ふたりを育てる
シングルマザーのなおぽんさん。
ふだんは都内ではたらく会社員ですが、
はじめてnoteに書いた文章が話題になり、
SNSでもじわじわとファンを増やしています。
このたび月1回ほどのペースで、
子どものことや日々の生活のことなど、
なおぽんさんがいま書きたいことを、
ちいさな読みものにして
ほぼ日に届けてくれることになりました。
東京で暮らす親子3人の物語。
どうぞ、あたたかく見守ってください。

>石野奈央(なおぽん)さんのプロフィール

石野奈央(いしの・なお)

1980年東京生まれ。
都内ではたらく会社員。
かっこつけでやさしい長男(12歳)と、
自由で食いしん坊な次男(9歳)と暮らす。
はじめてnoteに投稿した記事が人気となり、
SNSを中心に執筆活動をスタート。
好きなものは、お酒とフォートナイト。
元アスリートという肩書を持つ。
2026年2月、チョコが家族になる。

note:なおぽん(https://note.com/nao_p_on
Twitter:@nao_p_on(https://twitter.com/nao_p_on

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一緒に暮らそう

バレンタインデーが過ぎたころ、
チョコが半額たたき売りで陳列されていた。

旬の時期を、ほんのすこし過ぎただけ。
それでも安値で売れ残っているのを見て、
世知辛い世の中だと思った。
憐れみの目で見ていたら、
ピタリと目が合ってしまった。
棚のチョコと。

「お手にとってご覧ください」と、
店員が悪魔のひとことを投げかける。
手のうえのチョコ。
これ以上持っていたら、
こちらが溶けてしまいそうだった。

背後では息子たちが、すでに大喜びしている。
ダメだ、冷静になれ。
生活は厳しい。
今、チョコなど買ってどうするのか。
頭のなかで大葛藤するわたしに、
手のなかで、チョコはつぶやいた(気がした)。

「一緒に帰ろう」

心の天秤は、大きくかたむいた。
なお、「チョコ」は、「チョコレート」のことではない。

チョコは、犬の名前だ。
長男が名付けた。

正確には千代子という。当て字である。
「日本人なら漢字の名前でしょ」と、長男は言う。
チョコならカタカナで良いのではと聞くと、
「グレートムタだって、愚零闘武多なんだよ」と反論する。
本棚にあるわたしのプロレス本を勝手に読んで、
最近はすっかりプロレスに詳しくなっている。

チョコは、チワワとペキニーズのハーフ犬で、
まんまるで離れた目と、ぺちゃんこの鼻に短い手足。
どこか次男に似て見えた。

次男は、大の犬好きで、大の犬苦手だ。
とつぜん駆け出したり、吠えたりする予測不可能な動きが、
彼にとっては理解しにくく、怖いのだ。
けれど、そんな彼が
「この子を連れて帰りたい」と言い出した。
おっかなびっくりチョコを胸に抱き、
同じ顔でじっとこちらを見ている。
その目にすっかり説得されてしまった。

動物を飼うことは、
まったく計画性のない話ではなかった。

現在の家はペット可物件。
すこし生活が落ち着いたら、
ペットを迎えることも考えようと
息子たちと話していた。
正確にいえば、猫を迎えるつもりだった。

横須賀に、親戚が経営する保護ネコカフェがある。

事の発端は、認知症予防に多少でも役立つのではと、
祖父母が猫を引き取る計画を立てていたことだった。
気が早く世話焼きなわたしの母は、
まだ引き取る猫も決まっていないのに、
爪研ぎやら、猫砂トイレやら、猫の草やら、
あれこれ買い集め、
息子たちもすっかりその気になった。

いよいよ初顔合わせの日、息子たちも連れ、
保護ネコカフェを訪れた。

まっ黒の猫が一匹、彼らに懐き、
勝手に「ロク」という名前をつけた。
しばらくして「この子を連れて帰ろう!」と
振り向いた長男の目は、真っ赤に腫れていた。
猫アレルギーを発症していたのだ。
まさかの事態に弟を見ると、
次男も、数字の3がふたつ並んだような目になっている。
「ちっとも、かゆくない!」
彼らは目をこすりながら泣き叫んだが、猫は断念した。
帰りの京急電車の中で、二人はわんわん泣いた。
わたしだって、できることなら引き取りたかった。

わたしは猫と共に育った。
幼いころは団地住まいで、ペットの飼育は禁止されていた。
しかし一歩外に出れば、野良猫も野良犬もたくさんいた。

たいてい野良犬は、虚ろな目でよだれを垂らし、
牙をむいてかかってくるので可愛がる対象ではなかった。
だが、野良猫たちは人に甘えて生きる術を知っていた。
団地の猫たちは、皆まるまると太っていた。

彼らは自由気ままに家々を往来していた。
三枚におろした魚の中骨のところを
テーブルに置いておいたら、
あっという間に漫画のような魚の骨だけが残っていたし、
夕飯のおかずのトンカツを平らげてしまうこともあった。
そのままわが家に専属で居ついた猫たちが、
多いときで五、六匹いた。

たいていの猫たちは、ある日とつぜん消えた。
野良猫の習性として、
具合が悪くなると姿を消すと聞いたことがある。
わが家にいた猫のうち、たった一匹だけ、
目の前で最期を看取った子がいた。

猫エイズの末期だった。
身体がだんだんと冷たくなる子を
最期まで抱きしめていたのは母だった。
最後は、うーんと伸びをして、
母に甘えるような声でひと鳴きすると、
しずかに旅立った。
わたしは死の瞬間がつらく、目を離してしまった。
母の背中を見ていた。
母は泣くわけでもなく、慌てもせず、
じっと穏やかにその子を撫でていた。
母の強い姿だった。

一方で、わたしは「さようなら」が苦手だ。
死にうまく向き合えないことがずっと解決せず、
心のどこかで新たな命を
家族に迎えることをためらっていた。
猫アレルギーの発症で受け入れが延びたとき、
密かにほっとしていたのも事実だった。

「猫アレルギーでも、他の動物の被毛や、
毛の抜けないペットなら大丈夫なこともあるよ」。
友人からそんな話を聞き、
息子たちは、あの日腫れまくった目をまた輝かせた。
犬を飼っていた友人に詳しく話を聞き、
生活をシミュレーションし、もう一度計画を立て直した。
とはいえ、迎えるのは「いつか」ぐらいのつもりで
のんびり構えていた。

家族で覚悟を決めてチョコを連れて帰ったはずが、
家にもどると、次男はまた怯えた様子だった。
無邪気に走り回るチョコから逃げるように、
ひらりと二段ベッドの上に避難し、
安全地帯から「かわいいねぇ」と声をかける。
時期尚早だったかと思った。

ところが数日後、次男は腹をくくったように、
兄の真似をして床にあぐらをかき、
「おいで」と言った。
片目をつぶり、今にも逃げ出しそうな顔で。
怖い。けれど逃げない。
自分の中の何かと、
必死に折り合いをつけている顔だった。

チョコは走らなかった。
ゆっくりと近づき、あぐらの上に乗り、
くるりと身体を丸める。
そのとき、次男はつぶっていた片目をそっと開き、
小さな背中に手をのせた。
「うちに来てくれてありがとう」。

ああ、この子は、
守られる側から、守る側にまわったのだ、と思った。
命を迎える覚悟は、
わたしだけのものではなかった。
次男が、心の成長とともに、
新しい扉を自分で開けたのだ。

「平均寿命は十五年くらいです」。
ペットショップの人に説明を受けたとき、
自分が還暦を超えるころを初めて想像した。

十五年後のことは、わからない。
還暦の自分も、想像がつかない。
息子たちも一緒には暮らしていないかもしれない。

そう遠くない未来を、
わたしも恐れず、受け入れる時が来たのだ。

ははひとりむすこふたり、
そして、むすめひとり。
つくづく、むすめというのは、
なんと可愛いのだろう。

イラスト:まりげ

2026-03-26-THU

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