
『人は、なぜ他人を許せないのか』
『科学がつきとめた「運のいい人」』
『サイコパス』『毒親』ほか話題書多数、
テレビなどでも幅広く活躍されている
脳科学者の中野信子さんは、
糸井重里が前々から気になっていた人。
今回、中野さん初の人生相談本
『悩脳と生きる』の編集者さんが
お声がけくださったのをきっかけに、
対談させてもらうことになりました。
と、全然違う場所を歩いてきたかに見える
ふたりのスタンスは、実は似ている?
生きるのがすこし楽になるかもしれない、
ふたりの軽やかなおしゃべりをどうぞ。
中野信子(なかの・のぶこ)
1975年東京都生まれ。
脳科学者、認知科学者。
東日本国際大学教授、京都芸術大学客員教授、
森美術館理事。
東京大学大学院医学系研究科
脳神経医学専攻博士課程修了。医学博士。
2008年から2010年まで
フランス国立研究所ニューロスピンに勤務。
脳や心理学をテーマに
研究や執筆活動を精力的に行う。
『サイコパス』(文春新書)、
『新版 科学がつきとめた「運のいい人」』
(サンマーク出版)、
『新版 人は、なぜ他人を許せないのか』
(アスコム)、
『毒親』(ポプラ新書)、
『咒の脳科学』(講談社+α新書)など、
著書多数。
- 中野
- 「人生後半、これからどうしていけば
いいんだろう?」
というのがいまの私の悩みなんですね。
- 糸井
- 昔、雑誌に書いたこともあるんですけど、
40代ぐらいって、まさしく飽きる時期なんです。
だから悩む時期でもあって。 - だいたいみんなそのあたりの時期に、
自分が持ってたある種の
「全能感」が壊れるんです。 - つまり、30代くらいから勢いがついて、
自分のいる世界の中で
「俺、なんでもできるんじゃない?」
といった万能感を持つんです。
忙しさもあるし。 - その万能感は悪くはないけど、そこですでに、
退屈の予感がはじまってるんですね。
- 中野
- たしかに。
- 糸井
- たとえば小説なんか書いていたら、
その世界の中では登場する人々を、
自分が思うように動かしてますから。 - だけど40歳くらいになると、
自分がそれまでやってきた世界の外側に、
もっと広大な世界があることに気づくんです。
「読んでない人が大勢いる!」みたいな。 - だから中野さんなら、いまいる世界では、
じゅうぶん自分について知られてるわけです。
それでオッケーだと思っていたら、
その外側に
「この中野という人は誰? 」みたいな人が
おおぜいいて、そういう人たちと
話さなきゃならないことが起こる。それが40代。
- 中野
- ああー。
- 糸井
- そういう広いところに出ていくようになると、
まったく違うタイプの人との関わりも増えて、
自分がこれまでやってきたことに
何も興味ない人もたくさんいるし。
もちろん、しっかりつながる人も、
同時にポツリポツリといたりはするんだけど。 - だからみんな40代で
「いままでの方法だと通じないな」
みたいなことを感じて、どこか
「それまでをリセットするために生きる」
みたいになるんですよね。
- 中野
- あ、いまの私、そんな感じです。
まさにリセットの途中というか。
- 糸井
- でもそれ、とってもいいです。
- 中野
- へぇー、そうですか。
- 糸井
- ぼくは40代、ほんとに釣りばかりしてた
時期があるんですね。 - 幸い、30代で一所懸命働いて貯金があったから、
「飢え死にするわけじゃないし、
いままでのものをダメにしてもいいや」
とか思えて、まだまだある後半に対して、
ある種の覚悟ができたんです。 - それで、それまでとはまったく違う
新しいことをやってみようと、
釣りばかりしてたんですよね。
- 中野
- はい。
- 糸井
- そういう時間を過ごしていたことが
自分にとってはけっこうよくて、
そのあと、50歳手前で
「ほぼ日」をはじめるんですけど。 - だから中野さんにしても、
いままでやってきたことを全部なくして
新しいことをはじめても、
きっと平気なんですよ。
- 中野
- いま、話を聞きながら
「あ、 私も最近、スキューバダイビング
ばっかりやってる!」
と思いました。 - 好きすぎて、インストラクターの資格まで
取っちゃったんです。
- 糸井
- それ、最高でしょ?
- 中野
- はい。社会的な関係とか抜きに、
自分の実力そのものが試されるというか。
- 糸井
- そうそう、自分というのは
矮小なんですよ。実際には。
泳ぎはメダカにも負けますからね。
- 中野
- 海の生き物に比べたら、泳ぐのもヘタだし。
- 糸井
- そういうことを知ったら、
もう楽しいわけですよね。
- 中野
- はい。
「あ、こんなに楽しかったんだ!」
みたいなのが、またありました。
- 糸井
- ぼくの釣りというのも、絶対ヘタなんです。
大学生とかばかりいる大会に
朝から並んで参加して、150人ぐらいのなかで
順位が80番とか100番とか。 - でも、たまたま8番になったとき、
もちろんフロック(まぐれあたり)
なんですけど、涙が出るんです(笑)。
友だちから「どうだった?」って言われて、
誇らしい気持ちで「8番!」って。
- 中野
- いい時間ですね。
- 糸井
- でしょう?
- オリンピックで8番の人は、世界で8位なのに
みんな拍手なんかしないんです。
でもぼくはその田舎の大会の8番で、
泣くんですよ。 - そういう時間を過ごしてると
「自分はずいぶんいろんなことに
縛られてたんだな」もわかるし、
自分自身がその、超なんでもないところに
戻れてる嬉しさもあって。 - スキューバの世界もないでしょう?
そういう位置とかって。
- 中野
- ないですね。楽しんだもの勝ちだし、
競技ですらないので。
「うまく泳いだから勝ち」とか
別にないんですよ。
- 糸井
- そういえば、その釣りばかりしてた時期に、
娘とふたりでシュノーケルに行ったんです。
パンを撒くと魚がわーっと集まってくる
きれいなサンゴ礁の場所があって、
あまりに面白かったのを覚えてます。
- 中野
- わぁ、素敵だな。
海というのはほんといいですね。 - 場所によってはいまは推奨されないところも
ありそうですけど、
パンを貰うのに慣れた魚だと、
白い砂をちょっと掴んでパッとやると、
勘違いして大量に寄ってくることがあるんです。
あれはちょっと、
魔法使いになった気持ちになりますね。
- 糸井
- もう予言者のように言いますけど、
中野さんがいま、そういうことを
思い切りおやりになっているって、
あとできっと面白いことがありますよ。
- 中野
- ほんとですか?
- 糸井
- 絶対ありますよ。絶対ある。
- 中野
- 実はいま、ダイビングについては、
インストラクター免許まで取っちゃったから、
ここからどうしようかと思ってて。 - それで次は私、楽器をはじめたんです。
もともとピアノはやってたんですけど、
吹きものをちょっとやりたいなと。
誤嚥性肺炎も防げるし。
- 糸井
- へぇーっ、いいですね。
「吹きもの」ね。
- 中野
- 最初はアルトサックスが
かっこいいなとか思っていたんです。 - だけど笙(しょう)の演奏を見たときに
「すごい!」と思って、
勢いで買っちゃったんですよ。
雅楽で使う、日本の管楽器(笑)。
- 糸井
- 実はぼくもこのあいだ、
竜笛(りゅうてき)を買ったんです。
- 中野
- ええーっ、竜笛やるんですか?
- 糸井
- いえ、買っただけなんです(笑)。
- 先日、『将軍』という映画の音楽を作られた
石田多朗さんという方と
雅楽をテーマに対談したんですけど、
すばらしく面白くて、それがきっかけで。
- 中野
- わぁ、いいですね。
私ね、まだ音が鳴らないんです。
- 糸井
- ぼく、自慢じゃないですけど、
笛はすぐ鳴るんです。
笛はね、もうストローであろうが
何であろうが、全部鳴るんです。
- 中野
- すごい! 楽器に愛されてますね。
それこそ第二の特殊能力かと。
- 糸井
- でもとにかく突っ込まないのが
ぼくの特徴で(笑)。
だいたいそこで喜んで終わりにしちゃって、
そんなことだらけなんですけど。
- 中野
- えぇー、もったいなっ!(笑)
絶対やりましょうよ。
絶対やったほうがいいですよ。
それ、やるときっと面白いですよ。
(つづきます)
2025-12-12-FRI
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のうのう
悩脳と生きる中野信子 著
《人間は不安や苦しみや葛藤が
あるから生き延びられた》
《「悩むこと」は、脳に生まれながらに
備わる必要な機能》
失敗が怖い、恋ができない、
人間関係の拗れ、SNS疲れ。
ままならない人生の悩みを、
脳科学者が科学的視点でときほぐす。
「週刊文春WOMAN」の人気連載から
生まれた、著者初の人生相談本。
俳優、ミュージシャン、芸人、棋士など
有名人の方から寄せられたお悩みも。
各章末にはゲストとの対面相談も収録。

